2009/10/18

MIYOからのメール

定時をとうに過ぎ
ふと気付けば外は真っ暗
そろそろ片付けなければと思っていた矢先
マナーモードの携帯が鞄の奥で鳴った

MIYOからの電話に急いで出た
「あのな、かみなり鳴って MIYOのおへそとられてん。・・・」
HANAの声
なんだかさっぱりわからない

MIYOによれば
雨が激しく降り、雷も鳴っているという
こちらはまったく降っていなかった

明日は仕事で動物園に行くから
雨ふりだと困ると言うと
電話の向こうでHANAが
「行きた~い」
というのが聞こえていた

ところで何の用事だったのだろう
雷で心細かったのかもしれない


翌日またしても遅い「店じまい」のあと
外食して帰り
今日はなんとしても風呂に入ってから寝ようとしていると
MIYOからのメール

今朝、HANAが
保育園を休んで私と動物園に行きたいというから
日曜日にHANAと動物園に行くことにしたという
出産前の最後のお出かけだと

夕べの「行きた~い」を聞いてから
私は日曜日に連れて行ってやろうと思っていた
仕事で動物園を歩きながら
去年HANAと行ったときのことを思い出していた

元気な足でも結構つかれたから
一緒に行ってやろうと思っていたら
彼に一緒に行ってもらうという

本当はHANAは私と行きたいのだろうけど
出張から帰ってきた彼に合わせて
連れて行ってもらうことにしたという

ついでに
土曜日も出かけるので今週はお泊りなしとのこと

この間の運動会も連休も
彼がいるので遠慮があった
川の対岸にいるようでもどかしい

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2009/10/14

口笛

無意識のうちに
頭に浮かんできたメロディーをくちずさんでいたり
口笛を吹いていることがある
自分でそれと気付かずに
人から
「よく鼻歌歌ってるね」
と言われて気付く

どうも心や身体が疲れているときに
口ずさんだり 鼻歌を歌っているらしい

もうすぐ「店じまい」の職場の玄関で
一緒に帰る同僚を待っている間
またしても無意識のうちに口笛を吹いていた

「今のはあなたですか?」
背後からそう声をかけられて
ああそうだったと気付いた

吹き方や節回しが
某有名エンタテイメントショーで聞いた口笛みたいだと
感心された

それがどんなものかは知らないけれど
私が「演じていた」のは
アルゼンチンのフォルクローレ

そういえば今朝通勤電車の中で
いつも聞いていたMDプレイヤーのバッテリーが切れて
ふと気付いたらメロディーを口ずさんでいた

相当に疲れているのか
気をつけないと
「へんなおじさん」という目で見られそうだ

私が吹きたいのは
口笛ではなく 竹の笛

世間は真っ暗だったけど
帰宅して着替えてから
久々に竹の笛(quena)を吹いた

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2009/10/11

秋の日差し

半日とはいえ
保育園の運動会は晴天に恵まれ
狭い園庭に保護者がすし詰め
ほとんど立ちっぱなしで少々疲れた

HANAはまぶしいほどにその成長ぶりを見せた
「ぜっっったい、一番になるからな!」
と気負い込んだかけっこでは
フライングをおかしつつも公約jをはたした

午後はうちの前で暗くなるまでお姉ちゃんたちと遊び
MIYOと彼と街灯のあかりの下で手を振って
帰っていった

そんなことを思い出しながら
気だるい朝を迎え
洗濯も干し終わり
パソコンを起動したときだった

携帯が鳴った
表示窓にはMIYOの名前

急いで出ると
「あのな、くまの携帯の電池がな、切れたから買いに行って。
MIYOはそうじしたからしんどいねん。」

最近こうしてHANAが電話してくる
もちろんMIYOがかけるのだが
HANAが電話しろといって
勝手にMIYOのかばんから出してくるらしい

団地の自治会の共同清掃の日で
MIYOは臨月でしんどいからと
休むはずだったが・・・

MIYOにかわってもらうと
なぜか1才の時に買ったおもちゃの携帯を
HANAが引っ張り出してきたという
電池がとうに切れていて鳴らないものだから
入れ替えをMIYOに頼んだらしい

MIYOが家事をしながら
あとでとか昼からとか
今はしんどいからとかいうと
「パパと行くから電話して」
ということだったらしい

苦笑いしながら
とりあえず団地の近所のコンビニに連れて行ってやる
と約束して電話を切った

おもちゃのイヤリングにガチャガチャで買った指輪
この間買ってやった500円のプリキュアの腕時計
エルモのバッグには小物が3、4点

これで顔にぬってたら立派にヤンキーやなといいながら
小さな手を引いてコンビニへお散歩デート

残念ながらお目当ての電池はなく
ジュースを買わされて帰った

休みの日
MIYOが忙しく家事をしていたりすると
HANAは
「さみしいねん」
というらしい

出産後が思いやられる

朝の支度も夕方のお迎えも
私は力になれない
7時には電車の中だし
帰り着いたら8時

MIYOがHANAの写真を
Wiiのスライドショーで見せてくれた
ついこの間までいた
文化住宅でとった写真もあった

「もう次の人が入ったのかな・・・見に行ってみよか」
HANAの顔がぱっと輝く

「そーっと見にいこか」
HANAはそういってサンダルをはく
おさんぽ第二弾に心が弾んでいる

きれいに掃かれた玄関
ママチャリが一台
見上げるとベランダに洗濯物
おもえばもう三か月目
次の住人の生活の色に
なつかしい思い出は塗り消されていた

今度はHANAが提案
「お散歩いこか!」

いつも玄関を出て右に行くと通りに出て
そしてまた右にまっすぐ行く・・・
そこにグランド・テニスコートがあり
横の公園にはスプリングのシーソーがある
階段をおりると大和川の堤

二歳の誕生日当日
MIYOに買ってもらった三輪車で
その公園に行き
シーソーをし
河原まで私が抱っこをしておりた

それ以来何度か散歩コースになった

歩いて二、三分の距離に引越しただけだが
久しく行っていなかったらしい

同じコースをたどり
シーソーをし
堤におりた
先日の台風接近の影響で
増水したらしく
泥だらけだったが
バッタを見つけ
トンボを見つけ
蝶を見つけ
すすきを折り
ねこじゃらしをおみやげにと摘んだ

帰り道、公園の隅でヌスビトハギを見つけ
HANAに教えてやった
二人で服にくっつけてすすきをふりふり
帰っていった

団地の下まできたとき
HANAが
「今日は楽しかった」
と言った

今日はというほどの時間でもないのに

MIYOたち三人の子どもをつれて
よく大和川の堤防に行った
土手すべりしたり
イノコヅチやヌスビトハギをいっぱいつけて
夕方暗くなるころに家に帰ると
みんなして玄関でしかられた

遠い日の記憶と
HANAとのなんでもない時間が
切ないほどにいとおしかった

秋の日差しのせいかもしれない


さっき届いた村冶佳織のCDを聴きながら
ブログを綴る私の横で
猫のガーゴがいびきをかきだした

HANAはとっくに夢の中だろう

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2009/09/16

9年前の声

高校の同窓生・・・吹奏楽部で1年と少し
当時から声楽に長けていた
彼のやさしい なつかしい声が
スピーカーから流れてきた
CDジャケットの写真は
当時に比べればかなりふっくらとした
しかしやさしく整った顔立ち

卒業してからすでに40年の歳月が流れている

彼の活躍は
私の住まいする大阪での文化芸術に関する受賞
郷里での文化活動など聞き及んでいた

その彼がCDを出していたことを
最近になって知った
声楽家としてのクラシックだけでなく
ポピュラーソングのCDも出していた
希少CDということで店頭では手に入らず
ネットで探して入手した

プロとしての美しくも柔らかな声

離島の学校を訪問して回ったり
郷里の山間に音楽の風を送ったり
自らの持てる力を
存分に発揮しているように思われる

私のライフワークは何だろう

自分の持っている力で
人をはげましたり
人にやすらぎをあたえたり
そんなふうに生きていけたらすばらしい

誤解、ねたみ、嫌悪、排斥・・・
この1年の間に
私の周りに渦巻いたこれらの雲を
しばし忘れたひととき・・・

スピーカーの声は
9年前の彼の声

しかし今年も
彼がプロデュースする
郷里の音楽祭が始まっている


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2009/08/24

ふれあい動物園


「ゆうべな 夢見てん。トミーが出てきた。散歩してん。」
おしゃべりなHANAが顔を合わすなり話しかけてきた

HANAは田舎の家の壁にかかっているトミーの肖像画や
古いビデオの映像からトミーの存在を知っている

HANAの言うトミーは
おそらくイベントで出会ったサモエドのことだろう

お盆に帰省したときいつも行く
レジャー施設のキャラクターショーや花火大会が
大雨で延期になり
見られないままに大阪に戻ってきた

同じキャラクターショーが大阪でもあるというので
MIYOとHANAの三人で出かけたのだった

キャラクターと記念撮影をしてごきげんなところへ
ふわふわ動物とふれあえるイベントがあったので
連れて行った

うさぎ、モルモット、アルパカ、山羊、そして犬・・・
残念ながらアルパカとの記念撮影は終了しており
しかもアルパカは床に寝ていた

HANAが一番喜んだのは犬のコーナー
囲いの中に入っていって犬とふれあえるのだった

HANAはうちの三匹の猫たちにするように
抱いたりいうことをきかせたかったようだが
犬たちはそうはさせてくれない

どの犬も全く人を恐れずに
近寄ってきたりじゃれたりする
しかし何匹かは疲れたのか横になっていて
だれがさわろうが反応しなかった

style="color:#333; text-decoration:none;">HANAとサモエド 」


HANAがトミーと呼んでいたのは
たしかにトミーに似た白くて毛足の長い大きな犬だった
サモエドの彼はどでんと横たわったまま
さわられまくり・・・ところが!

一人の女性職員が
囲いの外から中の職員に声をかけたとたん!
犬たちがいっせいに彼女の方へ集まってきた!
あのサモエドも
そして元気に囲いの中を歩き回った

その彼の背中に手をおいたまま
HANAは一緒に歩き回った
「トミー、トミー」と呼ぶ声が聞こえていた
「散歩した」のはこのことだろう
はたから見ると
HANAがサモエドに散歩してもらっているようだったが

犬に限らず動物はみなテリトリーを持っており
人間だって他人が自分の近くに寄ってきたら警戒するし
テリトリーをおかされた状態が続くとストレスを感じる

なのに
これほどたくさんの「自分勝手な」手が体にのびてきて
自分の体に触れ、取り囲む状況で
なすがままに横たわっている犬たち・・・
私はだんだん犬たちが気の毒になってきていた

その犬たちが
一人の女性職員を目で追い
彼女の動く方へ右に左にと移動していた

それを見たとき
私はなんとはなしにうれしかった
職員と犬たちとのきずなが感じられたからか・・・

一日中さわりまくられなすがままの状況
でもそのあとに彼らの楽しみが何かあるのだろう
あの職員が来たら終了ということなのか
そして本当に甘えられる「飼い主」との時間や空間があるのか

トミーと過ごした田舎での日々を
フラッシュのように思い出していた

私やMIYOたち子供の帰りをまちわびていたトミー
うれしくて体をくねらせるようにして尻尾をふり
何度もくしゃみした

別れ際に
すわっている私の肩に足をかけ
私の胸に顔をうずめてしばらく動かなかったトミー
バックミラーに必死の顔で追いかけてくるトミーが映っていた

そんなきずなが
あの動物たちにもあることを願いながら
帰路についた

HANAは車中で眠りに落ちた


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2009/08/04

手紙

テレビで偶然聴いた歌が久々に心に響いた

「手紙」~親愛なる子供たちへ~

 原作詞 不詳/訳詞 角 智織
 補足詞 樋口了一/作曲 樋口了一

年老いた私が ある日今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを理解してほしい

私が服の上に食べ物をこぼしても靴ひもを結び忘れても
あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい

あなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返しても
その結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい

あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本のあたたかな結末は
いつも同じでも私の心を平和にしてくれた


悲しい事ではないんだ
消え去ってゆくように見える私の心へと励ましのまなざしを向けて欲しい


楽しいひと時に 私が思わず下着をぬらしてしまったり
お風呂に入るのをいやがるときには思い出して欲しい

あなたを追い回し何度も着替えさせたり
様々な理由をつけていやがるあなたとお風呂に入ったなつかしい日のことを


悲しいことではないんだ
旅立ちの前の準備をしている私に祝福の祈りを捧げて欲しい


いずれ歯も弱り飲み込む事さえ出来なくなるかも知れない
足も衰えて立ち上がる事すら出来なくなったなら
あなたがか弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私にどうかあなたの手を握らせて欲しい

私の姿を見て悲しんだり自分が無力だと思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらい事だけど
私を理解して支えてくれる心だけを持っていて欲しい

きっとそれだけで それだけで私には勇気がわいてくるのです

あなたの人生の始まりに私がしっかりと付き添ったように
私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい

あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい

私の子供たちへ

愛する子供たちへ

「higuchi_04_2m1.wvx」をダウンロード


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2009/07/20

MIYOの電話で自転車を走らせた
へこんだステンレスの郵便受け
植木鉢の土が散乱していた
二階のベランダからHANAの声がした

MIYOの彼の仕業らしい
彼の母親に電話させ
現場は携帯で写真におさめた

夜中のできごとという
彼の母は
「怒らせると何をするかわからんからね」
と言っていたという

郵便受けはハンマーで叩いて使えるようにした
植木鉢の土もはきとった
汗をかきかき作業している横で
HANAはレジャーシートをひろげて
工具セットの中身を並べて
ときどき
「HANAもやる」
とハンマーを持ち上げたりしていた

ドアをけったりするようすに
HANAは恐怖を感じて
二階に逃げていたらしい

MIYOにはHANAの父親のトラウマがある
守ってくれと頼んだのに
彼はMIYOを脅かした
彼には連絡がつかないと彼の母が言ったらしい
しばらく現れないでほしいと願う

郵便受けは完全には元通りにならなかった
MIYOとHANAの心の傷がどうか
心配である

MIYOのお腹には
7ヶ月になる命が宿っている

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2009/07/13

不安

何度も何度もカレンダーを見て
そうして
通院の日だけ帰ってきてくれたらいいという
母の中で私の存在が
爆発したときに発する言葉とおりになってきているのを感じる

金を出してもらっているから
どんなにえらそうに言われても
胸を痛めるような言動をとられても
辛抱しなければならない
気を遣わねばならない
そんなことなら
一人でやっていく
やっていける
金だってある

三ヶ月の生活の結果・・・
ストレスをためこんで
心身ともに疲れて
これがその結果

早朝からの帰省は
夜よりは気分が軽い
しかし
先を考えると・・・

自分が元の暮らしに戻れるのか
仕事をしながら
母のことも考え
体を休めるべき週末に
帰省するというような生活が
続けられるのだろうか

自信は全くない
心ははっきりそれを拒否している
それでも
逃げられない

漠然とした不安が
日々つのってくる


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2009/07/06

記憶

人生を旅にたとえる人がある
私はテレビでよく見るような
観光の旅をしたことがない
憧れの冒険の旅もない
だがたとえの意味はわかる

先を考えずに(考えられずに)
毎日を忙しく送ったことがある
悔しいこともうれしいことも
いつかわからない自分の
将来につながっているのだと
なぐさめいましめ暮らしたこともある

「この先」に漠然とした不安を抱いて
ともかくも今日を無事に過ごすことを考え
日々重ねていると
これまでのことが走馬灯のように
フラッシュのように頭にめぐる

一体これまではなんだったのだろうか
そんな焦燥感にも似た
そして絶望感にも似た
思いがふくらむ

車を走らせながら
隣の席にHANAの記憶をたぐる
土曜日お泊りして
日曜日はMIYOの彼が来るからと
急いで帰った

でも、なぜか昼過ぎに
MIYOと一緒にやってきて
夕方まで近所のお姉ちゃんたちと遊んだ
MIYOが帰るというのに
一人で歩いて帰るからといって
遊び続けた
夕方、雨が降ってきて
HANAはようやく帰ってきた

車で送って行き
結局外食した
昼寝もしていなかったからか
テンションは異常に高く
私にいたずらをしまくった

楽しいひとときが過ぎ
案の定
もうすぐ家だという所で
口をあけたまま寝入ってしまった

抱っこしておろすとき
目覚めたようだったが
HANAはたぬきのまま
家のソファにおろしてやると
目が笑っていた

隣の席にそんなHANAの記憶が残っている

二時間の旅をして
また忘れ去りたい幼い日の思い出が残る
傾きかけた家に戻る

HANAは元気に登園しただろうか
明日からプール遊びが始まるらしい


MIYOたちを連れて
毎年のように行った
琵琶湖のキャンプが思い出された
いつも帰り道の切ない思いが浮かんでくる
あのころは
子供たちを喜ばせてやることが
私の喜びだった


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2009/07/04

限界

そんなに嫌なら大阪に帰ったらよい
買い物もしていらん
お金は返す

お前はおこってばかりや
えらそうにものをいう
お金を出しているからやろう

機嫌が悪いのは
お金に困っているからやろう
仕事が大変やからやろう

何度となく繰り返された言葉
胸をえぐりつきささる
血が逆流するような感覚

そしてこの日は
同じフレーズに加えて
ご飯を食べずに風呂も入らずに寝るという
私にはなぜ母がこういうのか
さっぱりわからなかった

帰ってきてからのやりとりを母が言うが
私は機嫌が悪くもなく
えらそうにしたり言ったりした覚えは全くなかった

原因の一つはやはり聞こえていないことにあった
そして
やはり母の本音にあった

三ヶ月の暮らしを共にしてきて
お金を使わせてすまないという言葉や
「お前がおったればこそや」
という言葉とはうらはらに
一人で自分のことぐらいやれる
通院の日だけ来てくれたらよい
買い物なんかしてもらわなくても
自分の年金でやっていける

だから金を出しているからといって
えらそうに言われるくらいなら
金は返す
出してもらわなくて良い
食事の支度はしてもらわなくてよい
嫌なら大阪に帰れ
なのである

通帳残高が十数万円
これで十分やれるという
しかし
これまでに私が振込みをしてこなければ
残高はマイナス十万円を上回る

この日も買い物から帰ってくると
薄暗い部屋で椅子にこしかけ
呆然としていた

午前中、腕や足が腫れるからと
やめるように言っても畑の草引きを続け
案の定午後は「ガス欠」状態になっていた

何度言っても草引きー手足の腫れを繰り返し
そして午後は機嫌も悪くなる
理解していたはずの金のことを
繰り返し言う

この日もやはりそうだった

そして私が母の言い分に対して答えると
全て言い返したことになり
机をたたいて声をはりあげる
そして「もうよい!」
と言って向こうへ行ってしまう
私は食卓に取り残される

しばらくして戻ってきた母は
「私が悪かった。これでええんやろ」
「お前はみんなからええ子やゆうてもろて・・・私はあほやさかいにな!」
ととりつくしまもない
結局また興奮して席を立つ

もう限界!

結局和解もないまま
私が食事をしたら帰るというと
今度は
「こんなむちゃくちゃしといて帰って何ともないのか」
「心配にもならんのか」
などと悪態をついてくる
いつもの週末帰宅だといっても
いつもはそうではないと言って聞かない
嫌だから帰るのだろうというのである

実際、翌日の土曜日、昼食後に帰宅予定ではあった
しかし
限界だった

大阪に着いて到着の電話をすると
ようあやまらんけど自分は手足が腫れたりしていらいらしていた
とこの前と同じことを言う
しかし今日のことは同じ主張の繰り返しであった
私も同じ主張を繰り返した
電話がガチャンと切られた
興奮したときの
いつもの身勝手な態度だ
母の中では
あんな子ではなかったのに
という思いがうずまき
私がいやいや世話に帰っていると思い込んでいる

ぬぐえない
耐え難い
精神的にもたない

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2009/06/29

お迎え

街中の渋滞から離れて
頭上を走る高速道路に乗った
関西空港までの道は
まるで雲の上を走っているみたいだった

沖縄からHANAたちが帰ってくる日だ
一年間こつこつ貯めて
MIYOは姉と二泊三日の旅行に出た

私は初めて週の半ばに帰宅した
HANAのお迎えのためではない
自分の通院のためだ
56日分の薬を出してもらっていたが
もう切れるのだった
3カ月は長いと思っていたら
あっという間だ

朝から帰宅し
すぐに病院にすべりこむ
いつも夜にしか来ていなかったが
こんなにも混んでいるとは
1時間待った
半年ぶりの大腸検査の予約もした
HANAたちの到着にはまだまだ

空港の駐車場も結構混んでいた
昨年はもっと遅い時刻だったからか

到着の掲示が出てから30分
向こうからしか開かない自動ドアのガラスごしに
MIYOの姉に手をひかれたHANAの姿
手をふると私に気づいて駆けてきた
白いワンピースに黄色いサンダル
麦藁帽子がゆれていた
私に飛び込んできたHANAの両膝に
派手なばんそうこうが貼ってあった

「船でなこけてん。血でてん。見せたろか」
ちゃんとお話ができるようになっているHANAの
おしゃべりはひとしきり
見せなくてもいいのにばんそうこうをはずしている

空港で食事をして
私の家に泊まりたいというHANAを
「明日、保育園やろ」
となだめて家に送り届けた
昨年は12時だったが
今日はまだ9時すぎ
田舎に帰らなくていいという開放感からか
ゆったりとした夜をすごした

それにしてもHANAはおしゃべりだ

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2009/06/21

おかえり

誰のことも思い浮かべずに
インターネットテレビを冒頭だけ見て
いつのまにか寝ていた

今日はHANAがまたお泊り

MIYOが出産準備をするために
大型の玩具店に行った
ベビーカーを見たり
HANAのジュニアシートを買ったり

HANAは「おいで」といって私の手をひいて
店内を連れ歩く

遅い昼食をとり
もどったらおねえちゃんたちが遊んでいた
HANAはたまらず車をおりて
遊びだした
それで今日はお泊り

次の日も朝からお姉ちゃんたちと過ごし
「おかえり」といってHANAは自分で玄関をあけて
帰ってきた
「ただいまっていうんだよ」
と私が言う
「もう遊ばないの?」
と聞いたら
「手洗いしてうがいする」
そう言ってHANAは階段をのぼる
MIYOが上から
「もう帰るからね」
HANAが私をふりかえる

いつものさみしい時間

大きな荷物を車で届けると言ったからか
今日はHANAがふりかえらなかった

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2009/06/14

わがままなHANA

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お昼を過ぎてからMIYOから電話が入った
明日は彼の母親に呼ばれているからといって
今夜うちに泊まるつもりだという
HANAは電話の向こうで
忙しげに荷物をつめているらしかった

袋にぎっしり遊び道具を詰め
背中には人形の花ちゃんを入れたリュックを背負い
花ちゃんのお世話セットのかばんも持って
HANAはMIYOとやってきた

やってくるなりHANAは
シートを広げてあそんでいる近所のお姉ちゃんたちの所へ
走っていった


汗をびっしょりかいて
ほっぺをまっかにしたHANAが
ふくれっつらで階段を上がってきたのは
それから2時間後だった

まだ遊んでいるお姉ちゃんたちに
しぶしぶバイバイさせられて戻ってきたのだった

スーパーに買い物に行くと言ったら
自分の自転車で行くと言って機嫌をなおした

スーパーでチャイルドシート付のワゴンにのり
HANAの好きなすいかを買い
MIYOのリクエストで魚を買う段になって
いつもは最後と決めているおやつを買うといって
HANAは自分でワゴンをおりて
走っていった
おかしはかしこく一つだけだった

帰ってきたら私がみやげに買ってきてやったチョコを食べ
自分で選んだわらびもちも食べた

そして
ごはんを食べ始めたら
お茶はいらないといって だだをこね
魚はいらないといって だだをこね
とうとう私がやったムーミンのキーホルダーを投げたり
私をたたいたりした

ごめんなさいを言わないので
大好きな市原某が出ている番組のビデオを止めた
テレビも消した
それでもわがまま泣きをやめなかった

しばらくして
MIYOの助けをかりて
ごはんだけは食べ
ごめんなさいも言った

MIYOが言うには
うちに来たらわがままになるという

甘えの現われなのだろうか
また一週間会えないのに・・・

機嫌よくおやすみをいって
機嫌よくおはようといって
私の分までキーウィを食べて
またぎっしり荷物をつめて
リュックを背負って
HANAはいつものように
二度ふりかえって手をふった

また時刻が迫っている
これからごみの整理をし
洗濯物を取り入れ
またしても
荷物の整理ができないまま
あたふたと田舎をめざす

また一週間が始まるのだ


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2009/06/07

HANAの見送り

ゆっくりしてこいと言いながら
先週は6時と7時に電話があった
今日帰ってくるかどうかわからなかったからという
帰ってみたら母は風呂にも入らずに起きていた

今日は4時に電話が入った
またしても今日帰ってくるのやったか明日やったかという
そしてまた
ゆっくり帰ってきたらいいという

こんな電話でゆっくりできようはずもない

・・・・・・・

昨日はHANAの保育参観日だった
新型インフルエンザの影響から
室内での参観はとりやめ
すべて園庭でミニ運動会みたいなものだった

私は正直いって疲れていて
寝起きからとてもしんどかった
ゆうべは風呂にも入らず
HANAの顔を見に行くこともせずに寝た

それでも「9時には登園する」というメールに
がんばって自転車をこいだ

HANAはうれしそうな顔をして玄関に出てきた
でも、登園の準備を自分でさせられていて
ちょっとおこられていた
しばらくしてMIYOの姉もやってきて
私、MIYO、MIYOの彼氏、姉の4人で行った

これまたインフルエンザの影響で
11時には終了
私は車をとりに戻り
みんなで食事に行った
HANAはさかんに自転車で公園に行きたいと言っていた

Photo_2


回転すし、公園、アイスクリーム屋さん
たっぷり遊んで家に着くころHANAは昼寝してしまった

HANAはほっぺをまっかにしながら
もう一回、もう一回と大きな滑り台を
MIYOの彼氏と興じていた
そんな顔を思い出しながら
私は帰宅するなり
暑さのせいもあって
完全にダウンして寝入った

今日は朝からMIYOがSOS
HANAがトイレのペーパーホルダーをこわしたという
もうすぐ友達との約束の時間だからとせかされて
また自転車をこいだ

あっというまに直って
MIYOたちは約束の場所へ
HANAは「パパはどこ行くの?」
と聞いてくる
「家に帰るよ」
「なんで~」
と会話してバイバイした

そのまま今日は一日がすぎた
猫がひざの上やらおなかに乗ってきたが
かまわずに横になっていた

疲れがとれないままに
予定の時刻がやってきた

やっぱり今日も時刻が過ぎてしまい
それでもなんとか着替えたときに
玄関があいて
「パパ~!」
というHANAの声
「間に合ったな」
とMIYOの声

見送りに来てくれた?

バイバイとタッチして
ふりかえるHANAにまた手をふった

HANAはまた
私が落ち込んでいる時にあらわれた

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2009/05/31

こん

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林 明子さんの絵本「こんとあき」のこんである
型紙をダウンロードして
MIYOがHANAのために作った

「こんとあき」は私がHANAに買ってやった絵本で
寝る前によく読み聞かせしてやった一冊
HANAも気に入っている

MIYOがこの間仕事を辞めたので
ようやく製作にとりかかり
週末に完成した

HANAは
「今日、保育園から帰ったらできてる?」
と楽しみに出かけたらしい

帰ってきて玄関で感動の対面をしたあと
そのままだっこして買い物に行ったらしい
「HANAはこんを抱っこしてるから、MIYOがHANAを抱っこしてな」
とたいへんな買い物だったとのこと

メールの情報にHANAとの再会を楽しみに帰ったが
MIYOの家に着いたのは9時を大きく過ぎていた

保育園で昼寝してこなかったHANAは
こんを抱きかかえたままソファで寝てしまっていた
私の家のMIYOの部屋のベッドに置いていた
「こんとあき」を
HANAの枕元に置いた

MIYOのお腹を気遣いながら
それでもまだ三歳のHANAは
毎朝MIYOと離れるのを嫌がって
保育園の先生に抱っこしてもらって
なきながらバイバイするという

お姉ちゃんなところも見せながら
MIYOにとっては赤ちゃんのままのHANA

絵本の中でこんは生まれてくる赤ちゃんを待っている
MIYOのお腹から赤ちゃんがでてきたら
こんを貸してあげるという
それまでは
こんはHANAのお友だち


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2009/05/30

根無し草

いつもの買い物に出る
二時間のフリータイムに
郷里でペンションのオーナーシェフをしている
同窓生に会いに行った

同窓生というだけで親交があったわけではない
フレンチの修行をし
他府県も渡り歩き
そして郷里に

郷里の食材を使ったフレンチという
今の形に落ち着いてもう18年になるらしい
ベランダから眺める里山の風景を残したいと
農業を志し、あるいは継承しようという有志をつのり
活動もしている
麓に一枚の田んぼを借りて
農業も始めていた

土地の人たちに認知されるには
10年も20年もかかる
そう彼は言った
さまざまな苦労があったことだろう

彼に聞く同窓生たちの情報は
なつかしくもあり
驚きもあり

介護休暇に入ってすぐ
市長をしている同窓生に会いに行った
そのときにも聞いた
郷里で活躍する同窓生たちの話もふくめて
私には「懐かしい」を超えた複雑な思いがある

シェフと会って一週間後
母の快気祝いを準備していたら
ギフトセンターの営業員が訪問してきた

私の名前を口にするその女性をよく見れば
高校のときのクラブの同窓生だった
お下げの印象しかない彼女とは
同じクラブではあっても
親しく話した記憶がない
同じクラスだったこともなかった

Uターンして22年になるという
思い出話や同窓生の情報に
しばし心が和んだ

二日後、シェフの話にも彼女の話にも出てきた
同窓生を訪ねた

山の中の大きな寺院の次男
坊主頭に作務衣の彼が
私を思い出すのに数秒
私も初めは彼が本人とはわからなかった
35年の歳月がお互いを変えていた

4月に母親を亡くしたばかりであった
兄が住職で次男の彼は未婚のまま
懐かしがり、また会いたいと言ってくれた

山深い参道を下りながら
私はやはり複雑な思いだった

国道に出たとたん
時間がいつものように流れだした


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2009/05/24

砂時計

HANAはインフルエンザ予防のためのマスクをして
自転車の後ろに乗って
バイバイと手を振った

私が母のもとへ戻る時刻が迫っている

この二日間、晴天に恵まれ、
HANAは近所のお姉ちゃんたちと
昼寝もしないで日がな遊んだ

久しぶりに一緒に家でご飯を食べ
お泊りをした

なんということもない時間が流れた

あれもこれも
結局ゆっくりとできないまま
かばんに荷物をつめこんでいく

戻ってきた日は
HANAにおみやげを渡しに行って
疲れ果てて風呂にも入らずに寝た

次の日はそうじやら食材の買出しやら
洗濯やら猫たちの相手やら

HANAが家の前で遊んでいる間
横になっていた
MIYOもまた上の部屋で横になっている

頭痛が消えないが
もう支度をしなければならない
HANAを呼び戻し
私の誕生日ケーキを食べた

090524_11310002

明日は私の誕生日であった
私はすっかり忘れていた
HANAとMIYOがくれた手作りのプレゼントは
二人が連れて行ってくれる
一泊二日の旅行券

うれしいけれど
許されるならば
二、三日の間
完全フリーな時間がほしい

予定していた時刻がすぎた
体の芯に疲れが残っている感覚がある

待ちわびた時間の
過ぎ行くのは速い

テールランプを見つめながら
車を走らせる
到着は九時ごろだろう
途中のSAで
先に寝ていてくれるよう
母に電話を入れた

HANAはお風呂に入っているころだろう


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2009/05/16

長い一週間

長い一週間だった

退院した母との暮らしは
生活感覚の違い
生活リズムの違い
そしてなにより
価値観の違いから
毎日が心身ともに疲れた

母は夜七時を過ぎると
寝る支度をする
八時を過ぎてようやく
自分だけの時間になる
すっかりDVDデッキと化したPCで
DVDを見る

だけど
朝の早い母に合わせて
五時ごろから目覚め
朝食を作り
九時ごろから昼の段取りと言い出す母を
大丈夫と説得し
草引きをする
段取りよく昼食を作り
作業の続きをする
そんなに働かなくてもいいという母が
中に入れというのを拒否して
三時過ぎには町のスーパーへ出かける
駐車場やスーパーのロビーで
呆然と座り込んでしまう
そして夕食
風呂
である

母は食事のたびにあれやこれやと
話をする
毎回同じような話のくりかえし
人を恨むはなし
人をけなすはなし
聞いていられない内容
聞いていて胸が痛むからやめてというが
止まらない
だから草引きを続ける

草引きをしていると
MIYOからのメール
園外保育に持っていくお弁当の写真
エルモのキャラクターがおにぎりになっていた
横には前日HANAがリクエストしたさくらんぼ

前日、買い物に行く車の中で
MIYOからのメール
弁当に入れるさくらんぼをHANAにせがまれ
買わされたという
冷蔵庫にしまったさくらんぼを
HANAは「見るだけ」といって
何度も冷蔵庫をあけていたらしい

運転しながら
口元はほころんでいるのに
涙が出てきてしまった
初めての体験だった


ようやくの週末
MIYOが日曜日は留守にするというので
金曜の夜に帰ることにした

夕方MIYOからメール
HANAと二人で手作り餃子したから
できたらいっしょにという
でも、すでに母の夕食を作り
食べた後だった

大阪へ向かって走り出したとき
MIYOから電話
しゃべっているのはHANAだった
「どこもいかへん?」
「今から帰るところ」
「だれのうちに帰るの?」
「ん?パパのうち」
「え~来てよ」
「うん、でもおそくなるから先に食べといてね」
そういってMIYOにかわってもらった

大阪に着いたのは八時半だった
MIYOとメールで交信する
もう終わったけど残っているから来るかという
相当に疲れていたので鈍い返事をしたら
さっき電話で話した後
なんで来ないのといって
HANAが大泣きしたらしい

車が停められないので
自転車で10分
HANAがエプロン姿で迎えてくれた
ごはんを炊飯器からついでくれ
お茶も入れてくれた

連休にいなかにやってきたときに買ってやった
パズルを一緒にしようと手をひく
「今日は帰る?」
「うん」
「いや、帰らないで~」
「明日いっしょに買い物に行くんやから早く寝ないとね」
そういってバイバイした
十時を過ぎていた

翌日、MIYOの彼もいっしょに
ホームセンター
回転すし
アイスクリームやさん
と回った

別れ際
「じゃ、またおばあちゃんのところへ帰るから・・・バイバイね」
「いや!」
そういってしがみつくHANA

もっと一緒にいたかった
家に着くと
激しい頭痛で少し寝た
重い身体を起こしながら
今から母のもとへむかう


明日も雨らしい
一日中母と顔をつき合わすことになる


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2009/05/10

連休

連休の一日、
HANAを外へ連れて行ってやろうと
金曜の夜に帰阪した
快晴のもと
府営緑地でバーベキューをした
何年ぶりかで日の目をみた
バーベキューセットで
すっかり楽しんだが
車で寝入ったHANAをおろしたら
自分もすっかり疲れていて
その日の夕刻に母の病院に顔を出すつもりだったが
やめた
連休の渋滞でもあった

仮眠をとって
真っ暗な実家に戻ったのは
10時を回っていた

MIYOがメールの中で
残りの連休は一人でHANAを連れて
がんばると言ってきたので
無理にどこかへ連れて出なくてもいい
普段出来ない親子のつきあいをしてあげて
と書いて
最後に
なんにもないけど田舎に来る?
と付け加えた


翌々日
HANAとMIYOは電車に乗ってやってきた
母は驚き、喜んだ
三人で買い物して
ご飯を食べ
ふろにはいり
枕を並べてねた

二晩とまって
MIYOとHANAは帰っていった
わかれぎわの
なんでパパは乗らないの
という顔が忘れられない

スーパーで買い物していて
草引きをしていて
食事をしていて
そこここに
HANAとMIYOの記憶が残っていて
胸が苦しくなるほど切なかった

その夜は
この二週間で一番
寂しい夜だった


母はまもなく退院する
二人の暮らしがどうなるのか
不安でたまらない
大阪に戻りたい
でも
戻っても
あの切ないほどの思いは
ないだろう
田舎で過ごしたあの三日間の
HANAとの思い出は
何をするでもなかったのに
いとおしい

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2009/05/01

一人の夜

毎日同じ話を繰り返す母
別れ際に手をにぎり
泣く
カーテン一つのプライベート空間は
ストレスが溜まる

昨日で一週間が経った
予定では来週の今日あたりに
退院


私は53日間入院した
慣れてしまえば
時間の長さも
空間の狭さも
苦にはならなかった
誰も来ない日の方が
圧倒的に多かった

いつも決まった時刻に悪寒がして
40度をこえる熱が出た
それでも抗生剤が効いている間に
点滴のスタンドを押しながら
自分で洗濯をした

抗生剤が合うまで一週間発熱は続き
さすがに起き上がれなかった
はげしい悪寒が来て酸素吸入までした
ようやく発熱がおさまって
ベッドからおりると
まっすぐに歩けなかった
長い長い病院の廊下を
毎食後歩いた

通院になってからも
その廊下を見ると息が苦しかった

退院したらあそこにもここにも
出かけていこう
それが楽しみだった
枕元に日帰り旅行の本
日帰り温泉の本

外泊するたびに
熱が出たり
具合が悪くなり早々に呼び戻された
ようやく退院した日も
やっぱり熱が出て
夜には舞い戻っていた
あの恐怖


楽しいことなんて何もなかったと
これから先の楽しみなんてないと
付き添っている私に言う
聞かされた者の心が
どれほど傷ついているか
考えられないのだろう

自分こそが不幸である
自分は人のために
どれほど看病したり世話をしてきたか
なのに世話をしに来ない
悔しいと言う
相槌もうてない話ばかり
耳が遠い母との会話は
四人部屋につつぬける
身体より心が疲れる

はやく退院したいと母は言う
しかし
母と2人になるくらしを考えると
今この一人の夜は
まだ安らげる時間

一人の夜は
夢も見ないで過ぎてゆく


私の人生はどう流れていこうとしている?


赤いOLD TOWN社のCAMPER
シングルパドルをエメラルドグリーンの水面につきさし
なめらかに後方へと水をかく
タプタプと波が船体に音を立てる
この川を下って
どこまでも行きたかった

一人の夜は
一人の夜は


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2009/04/20

帰郷

今こうしていることが
現実であるようなないような
不思議な感覚の中で
車を走らせてきた


父の急逝を知らせる電話を受けたときも
妙に冷静な自分がいた
明け方帰郷し
昼には父と対面し
家に迎えた
次の日には葬儀をし
その夜父は骨となっていた
淡々と流れた?


映画「おくりびと」を観たとき
会場は中高年でいっぱいで
すすり泣く声も聞こえた
でも私は泣かなかった
泣けなかった
出てきたのは花粉症の涙

そうだ父の死にも泣かなかった
泣けなかった
あれから一年半が過ぎ
いくつも夜を重ねて
朝を迎えて
でも
何も変わっていない


先日母の通院に付き添い
あいかわらず一時間以上待たされている間
どれだけ
「その話はやめよう」
と言っただろう

母の口から父の話が出る
父の死を惜しむものでもない
自らを責めるのでもない
そして
一番不幸なのは自分だという


病院から帰りの車の中で
母は
自分が死んでしまったらいいのだろう
と興奮し
シートベルトをはずして
走る車から降りるといった


そんなことを思い出しながら
なつかしくもない
ほっとするという感覚もない
私が育った家に向かう


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2009/04/12

タローさんのコンサート

こんなときにコンサート?
こんなときだからコンサート?
どっちだってかまわない
教室に行かなくなって9ヶ月
現実逃避というよりも
私の心が渇望していた

なつかしい顔に会った
どの人もなつかしがってくれることが
とても胸にしみた

タローさんの世界の中で
漂っている自分がいた
なつかしい音色に聞きいりながら
美しい指の動きに見とれながら
私の頭の中には
複数の思いが湧いては消え
からまりあっていた

悲しいのでもない
くやしいのでもない
苦しいのでもない
さみしいのでもない

雪が手のひらで解けるように
心が何かから解き放たれるような
あわく
じんわりとした気分

楽器はうまくならなくてもいい
楽器に触れること
それだけで今までと違う自分に出会える
最後にタローさんが伝えてくれたメッセージ

どんな形であれ続けること
以前そういってもらったことを思い出した

会場を去るとき
タローさんと会った
他の客の応対もあったので
立ち去りかけた私に
あわてて追うようにして
「また丹波でやりますから。HP見てください」
と声をかけてくださった

どんな形であれ続けること

一本の笛(ケーナ)との出会いが
いろんな人との出会いにつながった
それは固い絆というのではないが
あたたかい

心についた傷口を
ふんわりと包んでもらったような
心地よい時間だった


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2009/04/03

静かな夜

この二日間で430km走った
あと何回走るのだろう

来週から新しい職場で
この半年の暗闇から抜け出て
のこりの時間をスタートするはずだった

春休みのうちに
持ち帰った本が山積みの部屋を整理し
新しい気持ちでスタートするはずだった

手術をすれば当然入院
退院後のリハビリ
通院

少なくとも欠勤せねばならない
果たして仕事は続けられるのだろうか


母の思いは私たちとすれ違う
かみ合わない

昼ごはんを食べに行った大型商業施設で
おもちゃ屋の前を通ったとき
曾孫に何か買ってやりたいという

もらう方が気を遣うだけで喜ばないと
今日も断った
今日も
母の用意した荷物を置いて帰った

気持ちを踏みにじった自分と
自分の気持ちが満たされないという母に
腹が立って
悲しくて

・・・くやしい?

あなたの人生は
私の人生は
こんなに切なく終わっていくの?


さっきHANAがすわっていたひざに
猫のチャーコがのぼってきて
のどをならしながら丸まっている
傾きかけた家の
寒い部屋で
母は一人で眠っているか


これは夢ではない

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2009/04/01

診察

ようやく受診する気になった母を車に乗せて
私は憂鬱だった
いつも母の話は愚痴であったり
人の悪口だったり
そして、お金の話・・・

MIYOのことを言えない自分
MIYOのことを
「結婚式もせんと子を産んで・・・」
と言った母

私がかわいそうだと言いながら
兄に金を送る母


医院から紹介状をもらって
町にある医科大病院へ


一時間の待ち時間の間
思い浮かぶことを次々にしゃべる母
誰それの病気はこうだった
どこそこの家人が入院して大変だとか
脈絡もない
どこで誰が聞いているかと
あたりを見回してしまう

処置室のとなりで医者は私に
手術を要すると告げた
説明用の写真は
胸をえぐりとられた女性のものだった

手術に向けての検査のうち
今日できるものをやっておこうということで
すべてが終わったのは午後三時だった

お昼を食べて帰ろうと言ったら
用意しているという
またしても仕出屋に注文したという
うどんでも、家に帰ってお茶漬けでもよかった
客人のように仕出しをとる
そのことに腹が立ち、
それだけではない何かしらに腹が立ち
私は不機嫌だった

不機嫌なまま5千円を超える料理を食していて
またしても父に対する悪口を聞かされ
私の何かがはちきれて
席を立って
帰ってきてしまった


母は泣きながら車の窓を叩いた


いつも帰省した帰り道にするように
途中でパーキングエリアに入る
心を鎮めないと帰れない

シートに体が沈み込む感覚と
頭から肩へ背中へと疲れが広がっていく

転勤したばかりの職場に電話を入れ
欠勤を届けた

手術の日、そしてその後、・・・
考えなければならないことが
心の準備を追い越して
つぎつぎにやってくる

夕食を作り、ともかくも食し
横になったら眠っていた
わずか20分だったが
またしても
ここがどこで
今がいつなのかという一瞬ののち
現実を再認識した

わずか十数秒の間に
十年の歳をとった


そののち兄に電話した


明日、もう一度車を走らせる
検査でできた傷口を診せるため


母はまだその病名を知らない

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2009/03/22

鼻歌

ペダルをこぐHANAが
頭を左右にふりながら何かを口ずさんでいる
指が白くなるほどにぎりしめていたハンドルを
今ではときどきはなしてみたりする
私を追いかけてスピードをあげたりもする
ふと後ろをだれもおしていないことに気付いて
止まってしまうけれど

息子の部屋に入り込んでいるHANAに
「お買い物行くよ~」と声をかけると
急いでおりてくる
私が後ろからおして
HANAがこいでいく

いつのまにかこんなに大きくなった
そのぶん私の時間は減っていく
確実に砂時計のように


この連休のはじめに
MIYOから
新しい命を宿したと聞かされた

産休や育休があるわけではない
今度は一人の身ではなく
HANAがいる
転勤が決まった私にとっても
物理的に限界がある

しかし
命を絶ってしまうという結論は
MIYOの口からは出ない
私もまた

それでしあわせになるのかと
相手の親は言う
しかし
一つの命を絶つことが
しあわせにつながるといえるのだろうか

MIYOは一人で産み育てるつもりだ
苦しくてもそれがしあわせなのだと
MIYOは黙って私に告げる

MIYOがHANAを宿したとき
私は賛成しなかった
生活のめどは何も立っていなかった
何よりその男が
MIYOと子どもを愛してくれるとは思えなかった
だから反対した

でも、MIYOはHANAを産み
一人で私の許を離れて
HANAと一緒に暮らしてきた

MIYOが年子の3人目として
私たちの許に生を得たとき
私は悩んだ
知人のすすめで
あきらめることを考えたりもした

ともかくもMIYOはMIYOとして
この世に出で
ともかくもHANAはいまこうして
私の前で歌を口ずさみながらペダルをこいでいる


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2009/03/16

ねぼう

帰ってみたら
テーブルの上に
いちごやらコロッケやら
プリキュアのパンやら
オーブントースターにはチキンナゲット
のみかけのジュース・・・

昨日、MIYOがAムロちゃんのコンサートに行っている間、
HANAとスーパーで買い物した
いちご。プリキュアのパン。
朝、食べると楽しみにして、ゆうべはお泊り。

だけど、
みんな食べられずに行った。
きっと
ねぼうしたのだろう。
起こしてやればよかった。

HANAは泣いたのかな
MIYOは今日、仕事が休み。
ねぼうついでに保育所も休ませたらよかったのに

あわてて出かける姿が浮かんで
ちょっとせつなくなった。

HANAの大好きないちごは
しなびてしまっていた。


遠い日、
眠ったままの子どもたちを車に乗せて
保育所に送ってくれる義母の家まで送り、
夕方迎えに行った車の中で寝てしまって、
次の日の朝まで起きなかったことがある。
目が覚めたら家ではなくておばあちゃんちだった。
あのころのことをMIYOはどんなふうに覚えているのだろう。


さっき、
次の休みに、映画に行く約束をした。

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2009/03/14

心折れる

理不尽な扱いにも
心折れなかった

共感してくれる人がいたから

心残りで胸がはちきれそうになっても
あふれることはなかった

思いを同じくする人がいたから


感謝の言葉でしめくくろうとしたら
思いもかけない言葉が返ってきた

退職を決めた
3月31日をもって
職場を去るという


今朝、目覚めたとき
現実だと知った

心が折れる気がした


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2009/03/11

夕暮れ

ふとした瞬間にも
思い起こされ
ネット上を縦横に走りぬけるように
思考が錯綜する

思いをぶつける
釈明する
理不尽さを主張する

瞬時に現実へと戻される

こんな時間が
雪のように積み重なり
根雪となって
心の澱となり
安らかな眠りと
笑うという行為を失った


小川のほとりのねこやなぎ
つくし
たんぽぽ
土手すべり

おみやの石垣を過ぎて
山へ向かう道すがら
トミーが後ろを振り返る

お寺の山門で撮った
3人の子どもたちとトミーの写真

「あまがえる」といって土手を飛んだ
息子のビデオ


目覚めればその日であるような
昼とも夜ともしれぬ瞬間
かろうじて
今が夕暮れであると知る

しかしこの夕暮れは
万引きをした子どもたちを叱り付けたあの
家の鍵を落として帰ってきた娘を叱ったあの
息子が靴箱の扉をけやぶったあの
父の急逝を告げられたあの
あのときを超えてきた
まぎれもない今日の
夕日の見えない屋根の隙間をおとずれた
今日の
夕暮れなのだ

夕暮れは
スーパーの袋と共に夜となる

点いたままの枕もとの灯りと
あいかわらず
冒頭部分しか覚えていないDVD


そして朝という区切り


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2009/02/23

おやすみ

玄関でだっこからおろした私の腕を
わきの下からぬこうとした私の腕を
ぎゅっと抱きしめて
二回ぎゅっと抱きしめて
うつむいたままで
ほんの一瞬じっとした

HANA

きゅんとなった私の
胸のうちを見透かすように
私を仰ぎ見た顔は
にっこりと笑っていた

しゃがんでHANAとタッチして
おやすみをかわして
ガラガラと引き戸を閉めた

閉まる瞬間にもう一度
おやすみとHANAが言った
閉めた引き戸ごしに
おやすみと返した

立ち去る私の背中から
もう一度
おやすみが聞こえた

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2009/02/15

笑顔

Photo
HANAの笑顔は心を癒してくれる

笑顔は人をやさしい気持ちにさせる
やさしい気持ちになれたときに
笑顔がこぼれる

まだ青年のころ、
職場の先輩に
「一日に一回、腹を抱えて笑うことがあるか」
と問われた。
にやっと笑うことはある
口のはしで笑うこともある
しかし、腹の底から笑うことはそうない。

この前、腹を抱えて笑ったのはいつだったろう。


数年前のこと、
何十年ぶりかの再会の場で、
その人は想像以上に年老いていた。

特に痩せたわけでもないし、太ったわけでもない。
頭髪こそかなり少なくなっていたけれど。

一番変わっていたのは、笑顔だった。

私が覚えているその人は、
温和でいつも「おやじギャグ」を連発しては
家族からひんしゅくをかっていた。
私はそんな人と、家族の空気がうらやましかった。

年月がしわを刻んだだけでなく、
その人の表情を奪ってしまった。
何よりも、笑顔がなくなっていた。
私はそのことに愕然とした。
これが年をとるということなのだろうか。

父も、母も、考えてみれば笑顔がない。
そして、私自身。

笑顔は人をやさしい気持ちにさせる。
にやりではなく、
ふふふでもなく、
へへへでもなく、
自分自身も心がほんわかとなる
笑顔をもちたい。

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2009/02/12

迷子

Imga0001
「ごはんできたよ~」とHANAが呼んでくれた。(2009.2.8 大泉緑地にて)


朝見た星占いで最下位と出て、
夕べからの鬱々とした気分は
いっそう深くなった。

同僚が心ない言葉を投げかけられた話や、
仕事を丸投げされた話を聞いて、
わがことのように気分が滅入ってしまった。
一刻もはやく職場を出たい気分になり、
定時になると、逃げるように職場を出た。

鬱々とした気分で、
夕食の食材を買いにスーパーに出向いた。

買い物しているうちに、
作るのも嫌になりはじめ、
さっさと帰って早く寝ようと通路を曲がったら、
そこにHANAが涙目で立っていた。

保育所の部屋着に上着をはおっていて
お迎えのあとそのまま買い物に来たらしかった。

HANAが私の姿を見つけ、
「パパとこ行こ」とMIYOに言ったら、
「先に行っといて」と言われたらしい。

HANAは私を追って店内を一人で探すうち、
私を見つけられないまま、
MIYOともはぐれてしまって、
泣いていたらしい。

私の心は一瞬、HANAの目線になって店内をさまよう。
見つけたうれしさから、見つからない不安へ・・・
せつなさに胸がきゅんとなった。

手にはもうお菓子をにぎっていたから、
レジに並ぶところだったのかもしれない。
おやつはお買い物の最後と決めてある。

小さな手が私の手を求め、
私の心はHANAにすいこまれてしまう。

MIYOがサービスカウンターで用事をしている間に
内緒でガチャガチャをしに行った。
内緒なのにHANAはMIYOにあっさりと報告してしまった。

MIYOの自転車に乗せてやり、
笑顔を見送った。

HANAはいつも
私が落ち込んでいる時に
ふいにあらわれる。

家に着くまでの道すがら、
私の頭の中にHANAがいっぱい。
気がつけば鼻歌を口ずさんでいた。

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2009/02/11

立春も過ぎ

Cimg0007

Cimg0009

立春も過ぎたというのに、まだホットカーペットは欠かせない。
猫たちは、ホットカーペットの電源が(自動で)切れると、
暴れまくっている。
カーペットにもぐるわ、めくりあげるわ・・・

電源が入っていると日がなホットキャットと化して、
それでも足りなければこのように
抱き合ったり、重なり合ったり、
そして私に体を寄せたりして「寝子」している。


また、母から「ふとん送ってやろうか」と電話があった。
もう何十回同じやりとりをしているだろう。
今年55になろうとしている息子が
布団にも不自由していると思っているのか?

そうではない。

母一人きりになった実家の押入れに、
私たちが帰ったときだけ使っていた布団が
山になっている。
冷え込むたびにその寂しさに耐えられず、
電話してきているのだろう。


人に何かを「してやる」ことが喜びで、
年金ぐらしであるのに、
野菜であったり、古着であったり、装身具であったり、
とにかく人に「あげる」(贈呈する)ことで
自己満足しようとする。

もらう方はちっともうれしくなくて、
かえって気を遣ったり、嫌だったりするのに、
いくらそう言っても、またしても送ろうとする。

時には届いた野菜に値札がついていたりもする。
そのお金は、結局、私から出ているということが
わかっているのか、いないのか・・・

毎月、私にとっては少なくない額を振り込んでいるのに、
なくてもやっていけるという。
一方で、「おまえばっかり・・・兄はあかんなあ」といいつつ、
失業した兄にお金をやってしまう。

家族も家屋敷もある兄が、
年金ぐらしの母から金を受け取る。
あまつさえ、無心したという。

帳尻が合わなくなって、
母は親戚に借金をした。
日記を繰ると、一年前の年末年始は
亡くなった叔父と兄に金が流れていた。

いらないといっていたはずなのに、
私が振込みしてくれていないからと言って、
返済を待ってほしいと親戚に言ったらしい。

父の葬儀のときの香典を
私がかばんに入れるのを見たという。
今年三回忌を迎える今頃、
一体、どういう意味で言っているのか・・・。
私が持って帰ったということだけが
今もまだイメージに残っているのか。

香典は、もちろん葬儀費用の支払いに遣った。
それだけではとうてい足りはしなかった。
葬儀費用も、法事の費用も、墓石建立費用も、
全て私が支払った。
そのことを明細に書いて、二度も渡したが、
結局、そのときは、
「そんなことは言っていない」
「誰が言ったのか。兄か、従妹か」と興奮した。

しかし、今また、同じ事を言っている。

金、金、金、・・・

国民年金と、遺族厚生年金と、私の仕送りで
一人の生活はやっていけるはずなのに、
結局、年末年始、私の一月分の給料が消えた。

それでも、母は実の息子に嘘をついたまま、
「布団はいらんか」「遠慮なく言って来い」という。


父がいたころ、
盆栽をしたり、山野草を育てたり、
めだかを増やしたり、野菜を育てたり、
そして、トミー日記も書いたりしていた。

悠々自適と考えて、心楽しい暮らしをしてほしい。
自分のための時間がたっぷりあるのだから、。


最近、私の身の回りに
ぞっとするほど嫌なことが起こるにつけ、
足を引きずって歩く父の姿が思い浮かぶ。

父は母と兄と、そして、
私のことさえ許していないのだろうか。

亡くなる前日、
母と兄と父が口論したという。
父が、私のことを「自分の子ではない」と言い、
兄はむなぐらをつかんで怒ったという。
なぜ父がそんなことを言ったのか、
父の心にあった澱は
一体なんだったのか、
わからない。

年末、「今年は帰ってこなくていい」と言った母が、
二日後に「帰ってこないのか」と言ってきた。
精神的にとてもしんどかった私は、
帰らないつもりでいたが、
急遽、いつものように手土産を買い、
何かと使えるように菓子折りも別に用意し、
帰った。
家には直行せず、
花と掃除用具を買って、
父の墓と叔父を埋葬した母の実家の墓に行った。
草を引き、墓石を洗い、花と線香をたむけた。


山の斜面を切り開いた
村の墓地の一番てっぺんに
父の墓石がぽつんと建っている。

お盆に母は、墓前でまだ父の悪口を言っていた。
いつか母の遺骨をおさめるその場所に、
母は安らかに眠れるのだろうか。


猫はまた、重なり合って眠っている。
出窓には、母猫がいびきをかいている。
私も布団に入ろう。

晩生だった私は、高校を出るまでまじめに過ごした。
そのことを今思い出すと、嫌悪感に包まれる。
あそこには帰りたくない。
そう思って暮らしてきた。
だけど・・・

おだやかに眠ろう。

日曜日にHANAを連れて
公園でサイクリングした。
そんなことを思い出そう。

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2009/01/31

福は内 鬼も内

Cimg0006

節分の時節になった。
福は内、鬼は外と言って豆まきをする。

ある地方では、「鬼も内」というらしい。
鬼を改心させるというのである。

節分は立春の行事。
春が間近にやってきているという
気配はまだ感じない。

鬼だらけの我が家に
福はやってくるのだろうか。

春は待ち遠しい。
しかし、阪神大震災以後、
きっちり、毎年、
花粉症に悩まされる。
支援に入った街で、粉塵を吸ったために
私の許容量を超えてしまったらしい。

春は苦しいものでもある。

春も、夏も、
今年は医者の世話にならねばならない。

「検査」が待っている。

近所の観音さんでは大規模な節分会が催される。
我が家も含めて、町内が車両進入禁止となる。
一帯が屋台でいっぱいになる。
正月よりもにぎやかである。

HANAはまた、お面を買うというのだろう。
残念ながら、
お泊りせずに帰ることが多い。
3人で寝るのがいいらしい。
いちおう、それも「家族」か。

あたたかい布団の中で
眠りに落ちるのが幸せだろう。


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2009/01/15

湧き出ずる如くに

バッシングの嵐の中で
歯をくいしばってきたのに
五ヶ月も経った今頃
説明を求められた。

いまさら何をか言わん。


インフルエンザの季節だからか
一時間半も待たされてようやく
クリスマスの日の検査結果を
聞くことができた。

医者はちょっとおどかすような声色で
三個のうち一個がガンだったと告げた。

幸いにもきれいに除去できており、
浸潤もないとのことであった。
夏にまた、あの嫌な検査をするという。


不幸が湧いてくる


待合で会計を待つ間
うたたねから目ざめる瞬間
頭に浮かんだ言葉。


ゆうべのように
突然
HANAがお泊りに来たらいいのに
そう思いながら
スーパーに向かった。


早く寝てしまいたかったが
明日への仕事が体をひきずる。
ふと視線を感じて目をやると
猫がちょこんとすわって
私を見上げていた。

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2009/01/01

新しい日

Cimg0005

二年続いてつらいことの連続だった。
今年はどうだろう?

HANAとMIYOとその彼氏が大晦日の夜にやってきて、
カニ鍋をした。
息子もHANAとMIYOの誘いで下りてきたが、
少し食べただけで席を立ち、
出かけてしまった。
結局、元日の朝も帰ってこなかった。
上の娘も、大晦日からお出かけで、
顔も見ていない。

HANAたちとカウントダウンをして、
歩いて三分の所にある観音さんへ初詣した。
すでに境内に長い列。
おみくじをもとめての列だった。
私たちは、お参りだけして帰った。
帰り道、HANAがスマートボールで
景品を手に入れた。

着替えて寝る支度をしている間に、
HANAはMIYOの彼氏のひざの上で寝てしまっていた。

元旦は、お雑煮をこしらえて待っているのに、
なかなか起きて来ない。
やっとのことで食事を終えたら、もうお昼だった。

おみくじをひきにもう一度観音さんへ行った。
なんと、今年も、凶だった。三年連続であった。
しかも、HANAが私と全く同じのをひきあてた。


安居且慮危
(心安く居ると思へども危うき事ばかりにて苦労絶えぬていなり)
情深主別離
(深く心にかかりて思う人に別るる事多くあるべしとなり)
風瓢波浪急
(風強く、波荒くして水鳥の騒ぐに例えたり)
鴛鴦各自飛
(おしどりの夫婦、離れぬ鳥なれども、離れ離れに飛び行くていなり)


う~んとうなるばかり。
大事な人との別離をうかがわせる内容なのが気がかり。
HANAなのか、MIYOなのか、はたまた・・・

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2008/12/28

寒い日

自分の言動が
相手を不快にさせた、
不安を抱かせたという。
こちらの感覚と受け手の感覚が違う。
しかし、
感じる方が悪いということにはならない。
こちらの思いや情況がどうであれ、
相手が感じた以上、発した自分に非があると思う。
だから、謝罪した。
8月のことだった。


粛々と日々を過ごすことになった。
しかし、・・・
周囲からのバッシングの嵐。
沈静化しかけた頃に再び上がる声。


謝罪しても反省しても許されないなら、
一体どうすればいいのだろうか?
消えてなくなれというのだろうか?


5ヶ月がたとうとする日、
なんとか年の瀬を迎えるというその日、
再びそれは告げられた。
新年の幕開けはこの問題からであると。


すべてを投げ出してしまいたいと思っていたら、
電話が私を現実に引き戻した。
それが田舎の母からだとわかると、
受話器を取れない自分がいた。
自分に心の余裕がない。


鬱々としているとき、HANAが来て、
一時の幸せな時間をくれた。
買ってやった絵本をせがみ、
私のひざの上で、
私の声に合わせて、小さな指を立てた。
思い出すとほっとする。

 でも、一方で悲しくなる。


もう5ヶ月も、
ケーナ教室に行っていない。
ときどきはケーナにさわってみるけど、
そんな時間と心の余裕がない。
CDさえも聞かない日が続いた。


クリスマスが近づいた日、
帰宅したら、いすやゴミ箱が
居間に散乱していた。
誰かが何かに切れたらしい。


深夜、娘が自分の知人を連れ帰り、
空いている妹の部屋に泊めたり、
残しておいたおかずを
勝手に食べていたりした。
ときどきHANAたちが泊まりに来るのに、
その部屋がタバコくさかった。


昼間寝ている娘と
顔を合わすこともないので、
扉に
「無断立ち入り禁止」
「喫煙禁止」
と貼り紙をしておいた。

冷蔵庫のホワイトボードに、
「かってに食べないで」
と書いておいた。
だから、
暴れたのは娘かと思っていた。


しかし、その日から、
急に息子が、
一緒に食事をしなくなった。
作っておいても全く手をつけない。

何日か後、
階段の窓ガラスが割られている事に
気がついた。
寒々とした気持ちに包まれた。

かねてからこの日しかないと、
クリスマスの日に、検査入院を予定していた。
「今年のクリスマスは父不在」
とメールしたら、
MIYOが、クリスマスパーティを23日にくりあげた。

階段の窓ガラスに気づいたのは
その23日の朝だった。
プレゼントに喜ぶHANAを見ながら、
気持ちは晴れないで居た。


Photo

入院の前日、クリスマスイブに、
久しぶりに、HANAを迎えに
保育園に行った。
MIYOも仕事を早くあがって帰ってきた。
買ってやった二歳から乗れる自転車で、
コロッケを買いに行くことになった。
肉屋さんの前は、
クリスマスの買い物の行列。

HANAの自転車のそばで待っていようと、
私が列から離れたら、
HANAが、
「いっしょにお買い物しようよ!」
と言って追いかけてきた。
温かいスープを飲んだように
心地よかった。


今年は、人間ドッグで、
6つも問題が指摘された。
そのうちの1つが要精密検査。

事前の注腸検査でポリープが見つかり、
内視鏡を入れることになった。
体内に異物が入ることの違和感に
低くうなりながら耐えた。

疲れと、痛み止めの薬のせいか、
翌日午後退院するまで、
寝てばかりいた。

大腸ポリープを3個除去した。


退院した26日、
HANAがやってきた。
三歳児検診の帰りだった。
体は疲れていたが、夕食を作ってやり、
風呂に入りたいというのを寒いからと説得し、
街灯の下、手を振るHANAを見送った。


HANAの明日は新しい。
私の明日も新しい。
きっと…。


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2008/11/24

みかん

Cimg0003

心身ともにくたびれて、ともかくも家路を急ぎ
たどりついた部屋のテーブルに
HANAからの「おみやげ」があった。
保育園からみかんがりに行ったらしい。
しばらくの間、食べずにいた。

週末、HANAが七五三まいりに行った。
記念撮影に行ったスタジオが
貸衣装をしてくれるというので、
サービスのきく平日に行ったらしい。
この週は、土日HANAは来なかった。

週も明け、このままでは傷んでしまうから
写真におさめてみかんを食した。

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2008/08/14

休業

せっかくおこしいただいたのに申し訳ないのですが、
管理人の都合により、期間未定の休業に入りました。
今のところ復帰の見通しはたっておりません。

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2008/07/30

いつもさみしいHANA

田舎に帰る日の朝、
HANAが置いて帰った三輪車を届けに行った。
携帯にメールを送っても、電話しても、
娘は出ない。
仕方なく、玄関に置いておくとメールして
車で回った。

娘はベランダで洗濯物を干していた。
HANAが足元にいて、私が来たと聞いて
手すり越しに顔を見せた。
「三輪車置いとくで」
と言って、すぐにバイバイした。

HANAの顔がこわばり、
背中にHANAの泣きそうな声が聞こえた。
「パパどこ行くの?」

後日、娘のMIYOがその後談を聞かせてくれた。
HANAはあの後、ベランダで泣き続けていたという。
それを聞いた近所のおばちゃんが、
「親おらんのか~?」
と声をかけて来たらしい。
娘は、
「います~。」
と返したらしいが、
おばちゃんは
泣かせていることが気に入らなかったらしい。

その後、下の部屋でも泣いていて、
今度は、玄関引き戸をドンドンして、
「親はおらんのかいな!」
と言ってきたという。
「おります。子どもやから、泣くこともあります!」
とむっとして返したらしい。
すると、
「うちにも孫がおったが、あんな泣き方はせんかった。異常や。」
とはきすてて行ったらしい。

娘は思い出してもむかついていて、
私に同意をもとめてきた。

私は何も返せずにいた。
泣き続けているHANAが思い浮かんで、
胸が痛んだ。
そして、
(しんどいの、わかるけど、泣かすなよ~。)
と言葉を飲み込んだ。

先日、HANAのリクエストで
映画「崖の上のポニョ」を見に行った。
息子も長女も誘って、
5人そろって見に行った。
娘達が小学生の時以来だった。
HANAはごきげんだった。

映画館を出て、娘の務める店に食べに行った。
店を出てからそれぞれに分かれたが、
HANAたちは、夕方うちに寄り、
遅い昼寝をして、夕食を食べた。

荷物が多いからと、
MIYOは自転車で、
HANAは私の車で送った。

HANAは自分の家の玄関にすわりこんで、
またまた「バイバイいや」モードだった。


すわりこんでいる顔を見たら、
(いつもこうや。最後はいっつもさみしいねん。)
と言っているようだった。

いつも、楽しいことの最後は、
さみしいHANA。

  だから、泣かしてやるなよ。
  MIYO、おまえも、さみしかったやろ。

帰り道はいつもさみしい。

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2008/07/21

HANAの家出

土曜日の夕方、
保育園で「サマーフェスティバル」が開かれた。
昨年は、HANAを昼寝させずに連れて行ったものだから、
最後の「おみこしワッショイ」と盆踊りまでもたなかった。
今年は・・・

土曜日の朝から、
娘のMIYOがダウンしていた。
もともと、
「矯正歯科に行く間HANAの子守をしてほしい」
とメールがきて、
「じゃあ、その間、水浴びさせてやろう」
と返信したら、
「サマーフェスティバルがあるから、お昼寝させなあかん」
と言ってきた。
やりとりするうちに、ようやく、MIYO自身に熱があって、
うちに連れてくるのもしんどいことがわかった。

歯科受診を止めさせ、
車でMIYOを内科に連れて行った。
もちろん、HANAも一緒に。

胃腸が弱っていて、油物は禁止とのことだった。
MIYOは、「実は・・・」と、
先週、HANAが保育所でもどし、
通院していたことを聞かされた。

MIYOは受診後、自宅で寝たいという。
HANAをプールに入るといってなだめて
MIYOとバイバイさせた。

ビニルプールに入っていると、
お姉ちゃん達がまたやってきて、
相手をしてくれたが、
すぐにお昼ごはんで呼び戻された。
HANAもあっさり水から上がった。

お昼ご飯を息子と一緒に食べ、
かしこくお昼寝をした。
長女と一緒にシャワーをして、
約束の時刻にMIYOの待つ家に。

サマーフェスティバルでは、
あっという間にゲームを回り終わってしまう。
MIYOは残りの1時間が待てずに、
家に戻ってしまった。
HANAも私たちもそれに従った。
猛烈に暑かった。
歩道でしゃがんでしまったMIYOの後ろ姿を見て、
HANAが思わず、「あっ」と叫んだ。

結局、MIYOは保育所に戻れず、
長女と私でHANAを連れて戻った。
「おみこしワッショイ」は見るだけでよかったが、
盆踊りはHANAたち年少組も
保護者と一緒に踊ることになっていた。
HANAは友だちを見つけると、駆けていき、
一緒に手をつないで踊っていた。
最後は先生に手をつないでもらっていた。
明るい所でのドラゴン花火は
煙たいだけで感動がなかった。

外食することになった。
娘達のリクエストで回転ずしに。
生ものもよくないと意見したのだが・・・。
HANAもきげんよく食べ、
MIYOもそれなりに食べていた。

MIYOの家まで車で送った。
長女にだかれて降りたHANAに、
私はその場でバイバイした。
HANAは目を丸くしていた。
なんで帰るのという目をしながら、
それでも手は小さくふっていた。

家に帰って、息子の夕食を作り、
やれやれとエアコンをがんがんかけて、
洗濯物を取り入れ、たたんでいたら、・・・
ピンポーン・・・
インターホンのモニターにはHANAが映っていた。
長女の自転車で一緒に帰ってきたのだった。

別れたあと、
HANAは玄関に座り込んだまま、
動かなかったらしい。

長女は夜、また出かけるため、
私が風呂に入れ、寝かせることになった。
着がえも何も持たずに「家出」してきたHANA。
MIYOからの電話にも「帰らない」と言っていた。

私の部屋は1階で、MIYOのいた部屋は3階。
私の布団では狭くて寝られない。
仕方なく、MIYOの部屋にマットを持ち込み、
HANAが寝てから私はベッドの下で寝ることにした。

かしこく2人で歯をみがき、
小鳥や猫たちにおやすみを言って、
ベッドまできたとたん、
「MIYOは?」
「MIYOはおうちでねんね。HANAが帰らないと言ったんやろ」
「MIYOがいい。帰りたい。ウェ~ン・・・」
とひとしきり泣いて、
そして、寝た。

慣れない床の上で、私はなかなか寝付けなかった。
真夜中に、一度HANAは目覚め、
また少し泣いた。

次の日、
6時前に機嫌良く目覚め、
朝食も食べ、
プリキュアも見て、
着替えと水着をとりにHANAの家に戻った。
MIYOはまだごろごろしていた。

プールに入ったが、
今日はだれも来ないので、
HANAは早々にあがった。

「かしこくお昼寝しておきたら、
もう一度プールに入れるよ、
MIYOがそのころに迎えに来るからね。」
そう話して、絵本を読んだら、
HANAは賢く寝た。

約束の時刻になっても、MIYOは来なかった。
HANAも起きないので、
「もうプールは入らない?」
と尋ねたら、目をつぶったままで頭をたてにふった。

結局、約束よりも30分以上遅れてMIYOは来た。

しかし、また部屋に上がって寝てしまった。
一緒にあがるといっていたHANAが
息子に抱っこされておりてきた。
MIYOが寝てしまうため、
息子の部屋に入り込み、
「パパ~」
と訴えたらしい。

HANAとお買い物に行くことにした。
HANAはだっこを要求し、ちょっとごねたが、
「片手で抱けないよ」
というと、
チャイルドシートのついたワゴンに乗ってくれた。
レジでおやつを店員に渡さないとごねたが。

せっかく買い込んだ食材だったが、
息子も脂っこいものは敬遠ぎみ。
仕方なく、おかゆに塩鮭、梅干しとみそ汁になった。

夕食の片付けがすんだころ、
HANAが
「おうちかえろっか」
とMIYOに言い、
はじめての家出は終わった。

最後に、
車で運んできた三輪車を持って帰ると
自転車の上からわがままいって、
それでもバイバイと手をふった。

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2008/07/14

うるさい親父

昨日は、30度を超える暑い日だった。
HANAをビニルプールに入れてやろうと
娘にメールを送った。
先週は、
「土日しか家の用事ができないから、毎週連れて帰れない」
「余裕のある時に帰る」
とつれない返事だった。
今度は、「おむかえつき」とつけ加えておいた。

返信のかわりに電話がかかってきた。
友だちと遊びに行きたいから、
HANAを預けても良いかという。
すでにお昼寝の時刻を超えている。
連れてきたら3時を過ぎる。
先週の返事を思い出しながら、
勝手やな~と少し気が悪かったが、
でも、HANAには関係ない。

水着を着た上にかわいい水玉のベアルックを着て、
娘と手をつないで車にやってきた。
晴れやかな笑顔だ。
HANAはプールと聞いて
「やった~」
と言っていたらしい。

娘に促されてバイバイする。
車に乗せ、角を曲がったら、
「MIYO(娘の名)は?」
と聞いた。
「MIYOはお出かけ。HANAは、プール入って、
お昼寝して、ご飯食べて、お風呂はいってたら
MIYOがお迎えに来るよ」
と答えた。

陽が傾き、プールは日陰の中にあった。
ガレージの前にプールを広げるため、
HANAが来てから水を入れることになった。
冷たくはないが、
ちょっと身体が冷えるかもしれなかった。

あれもこれもと遊び道具を水に浮かべ、
遊んでいたら、近所のお姉ちゃんが来た。
お出かけから車で帰ってきた
HANAが好きなお姉ちゃんは、
「HANAちゃんや!」
と言って、通り過ぎようとする車を止めさせ、
降りてきた。
HANAも裸足でプールを出て走っていく。
隣の3きょうだいもやってきて、
家の前はたちまち子どもの声がこだまする。
キャンプ用の折りたたみ椅子にすわって、
私はそれを眺めていた。

心地よい時間が流れて、
HANAがご希望の「パパジュース」(スポーツ飲料)を
買いに行くのをきっかけに、
みんなとバイバイした。

着がえたら、家の前で隣のお姉ちゃんが
お父さんとバドミントンをしていた。
「お姉ちゃん、見る」
というHANAとまた家の前へ

遊んでいるんだか、邪魔してるんだか、
一人っ子のHANAには
お姉ちゃん達といっしょにいるのが
楽しくてしょうがない。

プールを片付け終わったのを機に
買い物に出かけた。
HANAはすんなりとお姉ちゃん達に
バイバイした。

バギーの上でHANAは
「MIYOは?」
とまた聞いた。

HANAは買い物の最後に
おやつを買ってもらうのを楽しみにしていた。
いつも一緒に買い物するときのきまりごとだった。

HANAはあれもこれも買うことはしない。
娘との約束で、一つと決めてあるのだ。
HANAは一つとっては
「これにする」
といい、
私が
「それはMIYOがあかんていうと思うで」
というとまた物色する。
3つを迷ったあげく、つぶチョコに決めた。

HANAは、もう、店を出るまでに食べたいとは言わない。
店を出て、帰り道、私が声をかけるまで、
しっかりと箱をにぎったままだった。
いつのまにか成長したんだなと思いつつ、
吃音のことを思い出す。

ものわかりの良さは大人にとって都合が良い。
わがまま言って泣いていた時のHANAが思い出された。
これって成長?これでいいのか?

家に帰ると、もう誰もいなかった。
「おねえちゃんは?」
「もうご飯やからみんな帰ったよ」
「MIYOは?」
私は、もう一度説明をして、
HANAと2人で晩ご飯の支度をした。

ハムやきゅうりや錦糸卵を一緒に包丁で刻むと、
「ちょっとだけ食べていい?」
「ちょっとだけね」
「な~な~、また食べていい?」
「うん、ちょっとだけね」
というやりとりをかれこれ10回は繰り返した。

結局、できあがったけれども、
HANAは半分も食べず、
息子の納豆をつまみ食いしていた。

風呂に入り、お目当てのブドウも食べ、
上手にはみがきをして・・・
HANAはとつぜん、
「TAKERUくん好き?」
と聞いてきた。
「誰?」
「TAKERUくん好き?」
TAKERUくんは、今日、MIYOが一緒に過ごしている相手だ。

「MIYOは?」
「もうじき帰ってくるよ。」
そう言ったとき、メールが入った。
まだあと1時間だという。

上の部屋のベッドには行かないという。
HANAは家に帰るつもりだ。
だから、寝ないでMIYOを待つ。
マットをひいてやって、
「ごろんしてごらん」
といっても、
「おっちんしとく」
と言って・・・それでも絵本の終わり頃には
横になって、目をこすっていた。

ちょうどそのとき、玄関チャイムが鳴った。
娘も帰るつもりらしく、上がってこない。
急いで帰り支度して、下に降りる。
HANAはねまきのじんべ姿。
娘は、明日りんくうへ行くから、
車のチャイルドシートを貸してという。

バイバイとハイタッチして、
HANAは二度振り返って手を振った。

私は、明日の(友だちとの)お出かけが気になった。
今日は一度も吃音を聞いていない。
そのかわり、「MIYOは?」が繰り返された。
お泊まりもしないといった。

メールで娘とやりとりしたら、
その(友だち)はバイトつながりで、
家が近くて、何度か家に遊びに来ていて、
HANAはよくなつき、甘えてわがままいったりしているらしい。

だけど、・・・と私は主張した。
今日、何度「MIYOは?」と聞いただろう。
HANAは、なんだかわからないけれど不安を抱えている。
HANAが甘えてわがままいいたいのは、母親やで。
おでかけしないで、ゆったりとした時間が持てないか?

「もう決めたことやから行く・・・・無理はさせんとこうと思う・・」
それが返事だった。

朝になって、娘からメールが入った。
昼の2時にシートを借りに来るという。
昼寝時に高速に乗っても1時間かかる遠出をして、
遊んで帰ってきたら、帰りは何時だろう。
明日は保育園というのに。

私は、
せめて市内にならないか。
市民プール(自転車で行ける)はどうか。
今がHANAにとって大事な時期。
機を逃せば吃音が定着してしまう。
決めたことでも、相手は考え直してくれないのかなぁ。
・・・とすっかり口うるさい親父となっていた。

昼前、行くのやめたとメールがきた。
それでも、友だちは家に来るらしかった。

HANAと一緒に食べるために買っていた
ブドウの残り、すいか、粒チョコ、ジュース、なぜかウィンナ
を届けに自転車で向かった。

HANAはうれしそうに出迎えてくれた。
玄関に三輪車が出ていた。
母子で散歩に行ってきたという。
あがることなく、玄関先でHANAとハイタッチして
帰ってきた。
汗が噴き出ていた。


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2008/07/08

娘の異変

日曜日の午前5時半、
電話が鳴った。
寝ぼけつつも、
瞬時にいろんな思いが頭をよぎる。

電話は娘からだった。

前日、あまりの暑さに
ビニルプールをふくらませて、
水浴びさせに来ないかと誘ったら、
土日しか家のことができないから、
毎週HANAを連れて帰る余裕はない
と少し冷たい返事だった。

娘は、昨日から耳下腺のあたりが痛かったらしい。
あまりに痛くて目が覚めて、鏡を見たら
顔の形が変わるほど腫れていたという。

 ・・・どうしたらいい?

 熱は?

 ・・・ないと思う。

 すぐ測って。耳下腺炎なら熱がでる。

 ・・・リンパではないようや。

 なら、耳かな?歯かも?

 ・・・歯のような気もする。
 ・・・このままでは外に出られない。明日、仕事休まれへんのに。

 そんなことゆうてられんやろ。

娘が急病の相談窓口に電話したら、
私が通院している病院か、となりの区の病院、
そして、休日急病診療所を紹介されたらしい。

いずれにしても、夜間受付は5時半で終わっていた。
10時から受付ということで、
とりあえずそれまで寝直すことに・・・。

とはいっても寝付けない。
洗濯をして、干して、シャワーを浴びた。
猛烈に眠い。

朝食をとって、パソコンをいじっているうちに
10時が過ぎていた。
娘からの連絡はない。

結局、こちらから電話を入れて、車で迎えに行った。
HANAも起きていたが、朝食は食べていなかった。

駐車場もない小さな診療所の待合いは、
幼児や老人で一杯だった。

小一時間待たされて、
結局、耳鼻科に診てもらうように言われたらしい。
耳鼻科の医者がいる、
市内中央部の休日診療所を紹介された。

しかし、・・・

 HANAを連れ回すのはかわいそうや。

 ・・・今日中に治したい。

 そんなことありえない。
 今日はいずれにしても救急対応だけ。
 明日、休んできちんと診察を受けないと・・・。

 ・・・沖縄行で休んだ分、もう休みづらい。

HANAはまだ、言葉が思うように出なくて、
顔をゆがめて、
それでも声が出なくて、
「わからん!」という。
吃音はまだ消えてはいない。

余裕のなさは、HANAの心を圧迫する。

今日はもらってきた抗生剤でしのぎ、
明日、仕事帰りに受診することにした。


昨日出しておいたビニルプールをHANAが見つけた。
ごはんを食べてからというのに、
水をはっている間にシャツもズボンも濡らしてしまった。
HANAはそのまま服を脱いで水に入ろうとした。
制止する私の隙を見て、
HANAは足からザブンと入ってしまった。

100_1539_2
2007.8.13 私の生家にて

ごはんを食べてから、パンツいっちょでプールに。
ビーチパラソルも立てて日陰をつくった。
チビペットボトルのスポーツ飲料を買ってやると、
水に腹這いになりながら飲んでいた。
娘は椅子に腰掛けて見守っていた。
ほっぺたに「冷えピタ」貼って。

隣の3きょうだいが車で帰ってきた。
入りたそうにしているが、もう水からあがる時間。
HANAはうれしくて、調子に乗って、
お笑いのギャグを連発していた。

お昼寝の約束を破って、
息子の部屋に入り込んで、
息子とDVDを見ていた。
しばらくして泣き声が聞こえ、
そのあと娘と昼寝をしたようだ。

「パパ~」
と呼ぶ声に、
うたた寝していた私は目覚めた。
汗びっしょりのHANAを着がえさせてやり、
トイレに連れて行った。
HANAの好きな裏の家のお姉ちゃんが家の前に来ていた。
HANAは外へ行くという。
HANAが遊んでいる間に
スーパーへ夕食の買い物に出た。
いつもなら、HANAも行く~というのに、
あっさり、バイバイ・・・

帰ってきたら、シャワーを浴びたように
髪の毛を汗でぬらしながら、
おねえちゃんたちに手をひいてもらって
遊んでいた。

夕方だからとなだめてバイバイさせて、
夕食の支度の間に
七夕の笹飾りを娘と一緒に作らせた。

HANAは息子の横にすわり、
4人で食卓を囲んだ。

食後、みんなで願い事を書いて
笹につるした。

車に笹も積んで、
HANAと娘を家に送り届けた。

玄関でいつものように、
「じゃあね。またね。」
と言ったら、
「いや。」
と小さな声で言った。
「おかえりしたら、いや。」
そうはっきり言って、私の目を見つめていた。
とってもとっても悲しい目。
泣き叫ばないから
よけいに悲しい。

娘に促されて、
10だけだきしめて、お別れすることにした。

10数えて下ろしたら、
「かしこく」奥の方へ行くHANA。
蚊が入るからと、一旦入り口を閉めたら、
私が上がってくるのかと、少し期待まじりの
不思議がる目をして振り向いて、
上がらないとわかると、
奥のソファーに歩いていき、
不満顔ですわってこちらを見ていた。

母である娘の「異変」と受診は
不安であったに違いない。
でも、精一杯「楽しく」過ごせた一日だった。
お調子者ギャグも連発し、
昼寝もちゃんとして、
ご飯だって食べた。

小さな胸いっぱいに
あふれそうな不安を抱えながら、
HANAは「わがまま泣き」をしなかった。

娘の家を出て、角を曲がったとき、
HANAの泣き声が聞こえてきた。
別れ際のHANAの目が
胸にしみた。


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2008/07/05

新しい居候は沖縄出身

Photo
新居候のシーサー(沖縄出身)


HANAが沖縄から帰ってきた。
二泊三日の初めての旅。

出発の日、朝から雨降り。
急遽、車で最寄りの駅まで送ることに。
緊張からか、寝起きだからか、
HANAはバイバイも言ってくれなかった。
HANAは離陸直後、吐いたという。

晴天に恵まれ、楽しんだらしいが、
初日の夜、吃音が残るしゃべり方で
電話してきただけだった。

帰ってくる日、
到着予定は夜の8時過ぎと聞いた。
帰宅は10時になろうか・・・。

翌日、娘は仕事、HANAは保育園。
荷物とHANAを抱えて、
電車を乗り継いでの帰宅はしんどかろうと思い、
車で関空まで迎えに行くことにした。

とはいえ、関空は初めてだった。
1時間半と読んで、カーナビ頼りに出発。
到着予定の25分前に到着。

連日の疲れで身体が重く、
待合いのソファーに身を委ねた。

到着は9分遅れと表示されていた。
しかし、その時刻を過ぎてもなお、
到着の表示は出なかった。

ようやく、到着の表示が出てからも、
荷物の受け取りなどで、
HANAたちが現れたのは9時前。
私が関空に着いてから
1時間が経っていた。

HANAは私を見つけると、
抱っこからおりて、
にこにこ顔で駆けてきた。
紅型のワンピースを着て、裸足だった。
おもらしして靴を濡らしたらしい。
HANAは、抱き上げた私に、にこにこ顔で
機内でもらった旅客機の模型を見せてくれた。

先に荷物を車に積み込み、
ターミナルビルで食事・・・と思いきや、
ショーウィンドーをのぞき込んでいた私たちに、
店員が困惑顔で
「ラストオーダーが終わりました。」

回りを見回すと、どの店も閉店準備という感じ。
仕方なく、帰路につく。

途中でファミレスに入ることにしたが、
あそこはきらいだとか、ここはだめとか・・・
私は、
「もう遅いから、次にレストランがあったらそこに入るぞ!」
と宣言した。

HANAが寝た直後、次のレストランに到着。
時刻はすでに10時を回っていた。

それでも、HANAは店内でハイテンションに戻り、
楽しく食事して、帰路についた。

HANAは、眠いとぐずぐず聞き分けのないことを言う。
この日も、娘の姉・・・旅行中ずっと抱っこ役だった・・・の
ひざに乗りたいと言い出して聞かなかった。

娘とHANAが後部座席で親子げんかをして、
HANAは思いっきり泣き叫んでいた。

静かになったなと思ったら、
首を大きく横に傾けたまま
寝てしまっていた。

「泣き濡れて寝てしまうなんてかわいそうやろ」
と娘を叱ったら、
娘も同じかっこうで寝入っていた。
姉と、娘の友だちと私の三人で
思わず笑ってしまった。

車から降ろすときにちょっと泣いたけれど、
すぐに私の肩に顔を埋めて寝た。
そのまま娘が引き取り、布団へ。

帰宅したのは12時前だった。

Cimg0003
こやつがシーサーたちをねらうチャーコ(別名腹切り猫)


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2008/06/24

吃音

100_1438

日曜出勤の娘から一日子守を頼まれた。


前日、娘が電話で我が娘の愛娘、
つまり孫のHANAが急に吃音になったという。

電話口でHANAの声。
「お、お、お、・・・おすば!(お砂場)行く!」
「は、は、は、・・・HANAも い、い、い、・・・行く!」


吃音は発音の問題ではない。
ストレスが許容量を超えた、という心の悲鳴だ。

娘に、心当たりはないか尋ねた。

保育所に迎えに行ったとき、
お友達が「HANAちゃんのお母さん」
と言って近寄ってきたら、
「HANAのママ!」
と言って、近づけなかったという。

また、娘の友だちが娘のそばに寄っても、
むきになって怒っていたらしい。
HANAの様子がおもしろいと
娘の友だちがわざと寄っていって
HANAを怒らせておもしろがっていたことがあるらしい。
それは、娘から見ても「やめて!」と思うほどだったという。

娘は、
仕事をして帰ってきたら、余裕がなくて
邪険にすることがあったという。
「○○して」と言ってきても、
「(しんどいから)できない」とか、
「今、ごはんのしたくでできない」とか・・・

娘自身が、今、仕事をして帰ってきたら、
とてもしんどくて、
ゆっくりつきあってやる心のゆとりがない
と感じている。

吃音は,
敏感で繊細な子、「良い子」でいる子が
ストレスをためた結果、
コップの水があふれるように
ある日急に出てくるという。

「弟や妹ができてお母さんをとられる」
「さみしい」
「お父さんお母さんがこわい」
などといった心のSOSだそうだ。

資質や性格は親の問題ではないという。
親の親、そのまた親からのストレスの世代連鎖であったり、
(幼児からみて)いきすぎた「しつけ」
親の子育てストレス
周囲の無理解からくる子へのプレッシャー・・・など

「おすば」でおもらししちゃったけど、
シロツメクサの広場で、シートをひいておにぎり食べて、
160円のカラーボールを売店で買って、
キャッチボール(おっかけボール?)をした。

HANAは、着替えを入れていたリュックから
中身をみんな広場に放り出して、
買ったボール一個だけを入れて背負い、
「かえろう!」
と言って笑わせてくれた。

家に帰ってから、
絵本「みんなでね」と「こんとあき」を読んでやったあと、
自分の背丈と同じくらいの
ミニーマウスと一緒に寝てしまった。


いずれ抱きついて来なくなる。
しつけは後でも修正がきくが、
心の発育は今を逃すと難しくなる。

今のうちにしっかり抱きしめてやってほしい。
なにしろ、まだ二歳なのだから。

娘に送ったメールに、
「HANAともっと向かい合ってみる」
と返事が届いた。

HANAは、昼寝から目覚めて、
泣きもせず、
落ち着いた声で、上の部屋から
「パパ・・・」
と呼んだ。

まもなく帰ってきた娘と
自転車に乗って帰るのに、
あのミニーマウスを持って帰るという。

HANAが乗ってるのだか、ミニーが乗ってるのだか
わからないようすで、
私を振り返って手を振った。


一週間経って、「お、お、お・・・」は減ったものの、
顔を真っ赤にして、ようやく言葉をはき出す。
決して心穏やかに見ていられない。
見ているこちらも息がつまる。
胸が痛む。

タタタと後ろから足音がして、
私を見上げて手をつないでくる。
小さな小さな、こわれそうなほどかわいい手・・・
私は、HANAの姿が
娘の小さい頃の姿とだぶって見えた。

娘達にはさみしい思いをさせてきた。
娘が小学1年生の時から、
母親のいない暮らしをさせてきてしまった。


「HANAにはさみしい思いをさせないように、
せめてあと5年はがんばるつもりだ。」
と娘にメールを送った。


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2008/06/14

さんぽ

100_1704
(天王寺動物園にて)

歩こう 歩こう 私は元気
歩くの大好き どんどん行こう


さんぽしても 買い物に行っても、
同じところで 同じ事をしようとする。

楽しかった記憶をたどっているかのようだ。

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2008/06/10

いつもと違う朝

土曜日に保育参観。
9時からというのに8時に目覚めた。
身体が悲鳴をあげている。
ふらつく。
血圧は高くはない。
自転車を飛ばして急ぐ。
娘からメール。
「今日は来るの?」

着いてみると、まだ着がえていない。
紙おしめをつけたまま、ずっしり。
トイレに連れて行く。
上の娘がやってきて
みんなで保育所へ。

ビデオを構え、モニター越しに参観。
主役として映し出されているのに、
アクションが弱い。
最後は「だっこ~」と泣いていた。

給食の間に保護者会。
待ちきれずに先に帰る。
自転車を取りに娘の家に向かう間、
妙な感覚に襲われる。
平衡感覚が微妙。

途中のコンビニで食べ物を仕入れ、
朝兼昼食。
そのまま、横になる。
少し仮眠。
上の娘が帰ってきた。
一緒に食事してきたらしい。

先週一緒に買いに行ったエアコンの
取り付け工事の終了をメールで確かめたが、
買い物にも夕食にも
誘わなかった。
孫と一緒にいる時間を持ちたいけれど、
身体が受け付けなかった。
心と身体がばらばらだった。

昨日は、日曜出勤。
大事なコンサートに行けなかった。
帰りに、娘の家に寄ろうかと思いつつ、
携帯を閉じて帰路についた。

シグナルが点滅している。
なんだかおかしい。

今日は代休。
保育所へ迎えに行ってやろうかと思いつつ、
ケーナ教室の日であることを思い出す。
一緒に買い物して、
晩ご飯を作って、
帰ってきた娘にバトンタッチ・・・・
には耐えられないと感じ、
メールはせず。

パソコンの前に飾った孫の笑顔を
静かに眺めた。

ケーナ教室の帰りに
沖縄料理の店で夕食をと思いついた。
知人に会えるかも知れなかったが、
8割方ないと思い至り、
息子のためにお好み焼きを買って帰った。

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2008/05/29

あこがれ

久し振りに訪ねてきたのに
用件を言い、答えを聞いたら
わかりましたと早々に立ち去った。
なんということもないはずなのに、
つきささるものがあった。


(私はあなたと話がしたかったんだよ。)


この人はきっとわかっていてくれる
そう思っていた(思いたかった)。
だけど、人は身近に得る情報を基に判断する。
自分だってきっとそうだろう。
なのに、自分は
分かってくれている人がいる、と思いこむ。


だから、言葉や言葉のひびきや、しぐさが
つきささる。
ああ、この人も・・・


誰だってみんな、自分が大事。


自分が一体、どう思われているのだろうかと考え出すと、
厭世気分にとらわれる。


どうせ・・・と考え出すと、どんどんマイナスの方向に
思考が向いてしまう。


うたた寝をして目覚めたときの気持ち悪さ・・・。
長期入院をした後、うたた寝から目覚めたとき、
病院のベッドの上のような気がして、必死で記憶をまさぐり、
そこが家で、夕食の前で、次の日は出勤であると思い出せるまで
それはほんの一瞬にちがいないけれど、
恐怖に似た気分に包まれていた。


今また、それに近い思いにとらわれている。
そして、毎日、疲れて、
意識を失うようにして眠りに就く。


週末でリセットできないでいる。
疲れが疲れを呼ぶ。
またあの時のように、
駅の階段を下りられなかったあの時の
鉛のような重たい気分がやってきた。


しがみついたり、背負い込んだり、
正義感や責任感にしばられて、
そして、得た物は・・・
自分のための時間を持とうと思えたこと。
だれのためにでもなく、自分のために


今その全てが滞り、
自由でない時間に満たされている。
心と身体が、悲鳴をあげている。
あのときの恐怖がよみがえる。


ゆっくりと、まどろみながら、
眠りに就く時間を楽しみたい。


私はあなたと話がしたかった。
きっと、相づちをうってほしかったのだろう。
私が描いていたあなたの姿が
鏡が割れるように崩れ去った。

誰だってみんな、自分が大事。

私は、・・・

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2008/05/28

ふと浮かび来て

ふと頭に浮かんで来たのは、遠い日口ずさんだ井上陽水の唄。

白いカーネーション 井上陽水 歌詞情報 - goo 音楽

  
もう、30年以上前になる。
続いてもう一曲。

  子どもが道で泣いてる
  叱られて
  汚した服は涙で濡れている
  
  さあ泣かないで うちへお帰り
  今日の日は 全てがこれで
  終わった

ケーナ教室での話。
先生が、15年ぶりにフォルクローレだけのコンサートを開く。高校生の頃によく演奏した曲を練習していると、心身ともにその頃に戻っている自分を感じたという。
音楽は、その頃の記憶と強く結びついていて、一瞬にしてその頃のことが脳裏によみがえる。
今日、ふと浮かんだ歌は、特に強烈な思い出は伴わない。
その頃のそこはかとない空気?そんな感じか。
望郷の念にも似たその思いは、すぐにかき消える。

懐かしい。
しかし、その頃にも思い出したくない(忘れてしまいたい)できごとはあった。

人との関係に疲れて、無意識のうちに、
一瞬、現実を飛び立とうとしたのかもしれない。

過去には戻れない。
もし戻れたとしても、過去を変えることはできない。
なぜなら、過去の積み重ねが現在なのだから。
変えた瞬間に、現在から過去に戻った自分は存在しなくなる。

過去を懐かしむにはまだ早くはないか。
死を覚悟するまもなく、逝ってしまわないかぎり、
その時の楽しみにとっておこう。

その時に、果たしてどれだけのことを記憶していることかわからないけれど。

先日、私の誕生日に、孫がやってきて、花をくれた。
紙とストローでこしらえた花束だった。
お昼を私がつくって、みんなで食べて・・・。
家に帰るという娘と孫を送りに出た。
私も孫もなんとはなしにさよならできなくて、
車でホームセンターに行くことになった。
案の定、孫は車中で寝てしまった。
浮き輪を見て、すだれを買って、
娘は前から気になっていたというダイニングセットを買うことにした。
在庫がなくて現品でよいから値引きしてと交渉してやり、2000円引きで買った。
娘が買い物している間に、内緒で孫とソフトクリームを買い食いした。
ダイニングセットを部屋に置いて、母子でレストランごっこをしていた。
バイバイと泣かずに手を振ってくれ、その顔を見ながら戸を閉めた。
忘れたくない光景。

最近、うちに来たら、息子の部屋に入り浸り、なかなか降りてこない。
食事も息子の隣に椅子を持っていき、彼の納豆を横取りする。
今では毎食、納豆ご飯の日もあるらしい。
私にも、息子にも、無意識のうちに父性をもとめているのだろうか。

孫はまだ私のことをパパと呼ぶ。

また一枚、壁の写真が増えた。
それは、過去の記憶。

明日、目が覚めたら、
大好きな青空だったらいいのに。
そしたら、口笛吹きながら、軽快に自転車をこいで、
まだ誰も来ていない職場のドアを開けて、
最高の声でおはようと言う。

きっとそうする。

もしも明日が晴れなら 井上陽水 歌詞情報 - goo 音楽

  

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2008/01/15

銀も金も玉も何せむに

Img_0040 
(2007年5月12日撮影)

銀(しろがね)も 金(こがね)も玉も 何せむに
まされる宝 子にしかめやも   (山上憶良)


娘の仕事の都合で、祝日の一日、
二人で過ごした。
一緒に朝食を食べ、
近くのお寺の境内で
ハトとたわむれた。

食べもしないくせに、
ベビーカステラを買うといい、
袋をにぎって離さなかった。

ベビーカーの上から
斜め後ろの私を見上げて
なにやらしゃべって、にっこりした。

コンビニおにぎりが大好きで、
スーパーでも見つけて買うと言った。
かごに入れずに自分で持つといって
きかなかった。
右手におにぎり、左手にベビーカステラ。
小さな手の指が白くなるほど
力が入っていた。

二人で昼食を食べ、
二人で一駅だけ電車に乗って、
大型商業施設の
無料イベントを見に行った。

満員で立ち見。
30分も背伸びしながらだっこしていた。
ショーの終わりに、
キャラクターに手をふっていた。

アイスを食べに行ったのに、
ちっとも食べなくて、
包装紙を小さくたたんで持って帰ると言った。

背が届かないのに、
駅の改札機にカードを入れるんだと
だだこねた。
カードを持たせてやると満足した。
ベビーカーごと抱きかかえて階段を登ると
私は息が切れた。

二人で昼寝した。
小さな手に小さな本をにぎったまま寝た。

眠りに落ちる前、
「○○の(私の)パパ」と言った。
最近、娘と私とで、
「パパは△△の(娘の)パパやで。○○のパパとちがうんやで。」
と話すようになっていた。

仕事を終えた娘とその姉に起こされて
ご機嫌ななめだった。
夕食のオムライスを作っている私の所へ
「だっこ~」とやってきた。

オムライスは食べなかった。
でも、みんながかわりに食べようとすると、
「あかん!」とおこった。
食べないくせに自分の椅子からおりて
私の膝の上にすわった。

ケーナ教室に行こうと上着を着た私に
必死になって
「いや!だっこ~」「パパ~!」
と大泣きした。
泣きやむことができなくて、
ひきつけるのではないかと思うほどだった。
だっこしながら、胸が痛んだ。

玄関を出てもまだ
泣き叫ぶ声が聞こえていた。

地下鉄のホームで、
今日撮った携帯のフォトやムービーを見た。

娘に送ったメールの返事が、
帰り道で届いた。
「持って帰ったオムライスを
一人でかしこく全部食べた」とあった。


これから先の数え切れないできごとに埋もれて
この日のことは
霧の彼方へ行ってしまうだろう。
きっと、この子が
私をパパと呼ばなくなるよりはやく。

せめて私が
ずっとずっと忘れないでいてやろう。
まだ歩き出したこの子のかわりに。

私には
愛おしいこの子を
守り続けることがかなわない。


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2008/01/13

切ない別れ

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今日、お別れをした。
寒空の中、天に向かって
2艇のカヤックは
背中合わせに寄り添っていた。
「ずーっと待ってたんやで・・・」
と彼らはつぶやいて、
身体を震わせた。
私は、胸の中がきゅんとなった。
その身体をなでてやっていると、
暑い夏の日が浮かんだ。
一緒に過ごした時間は
宝物やなぁ。


父の死によって、
昨年は一度も
この艇庫から連れていけなかった。


夏の日の思い出はいつも切ない。
とりわけカヤックたちとの夏は短く、
それ故に切ない。
もう、一緒に川面を走ることもない。
私の時間からそうした時間が消えていく。
きらきらと輝いていたあの時は、
もう帰ってこない。

死を我が事として感じる体験をした時から、
「自分のための時間」を持ちたいと思い、
このカヤック達とも出会うこととなった。
しかし、あまりにも短い時間だった。


さみしい別れだった。


彼らはまた磨かれ、
違うオーナーとともに
川面を走る時が来ることであろう。


わたしは・・・


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2008/01/01

年明け

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今年もおみくじは凶だった。

年乗数亦孤 
(年々身寄りも減り今我一人寂しきていなり)
久病未能蘇 
(久しく患い疲れたるていなり万事苦労もたえがたし)
岸危舟末登 
(舟のつなぐべき所なし世を渡りかねたるていなり)
龍臥失明珠
(大事の玉を失いて臥たるていなり万事慎みて災厄を防ぐべし)

おどろくほどよく当たっているなと感心した。

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2007/12/25

鏡映

あなたが見ている私は実像。
私が見ているあなたも実像。

でも、・・・
あなたが思う私と
私が思うあなたは
同じではない。

私は自分の姿を鏡で見る。
鏡の中の私は
あなたが見ている私ではない。

私はあなたを通して自分の姿を知る。

アナタハワタシノコトヲ カンチガイシテル
ワタシハ アナタガオモッテイルヨウナ
ニンゲンデハナイ

きっとそれは間違いない。
しかし、それは本当か?

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2007/12/15

凍り付いた扉

自分の力量を超えた仕事をした、
泥の中にいるような時間があった。

入院、手術・・・2ヶ月の欠勤。
「生還」してみれば、
人間関係は崩壊していた。
息子は家を出ていた。

3人の子どもたちは成人したが、
その日暮らしで人生をけずっていた。

意地を通した結果、ぼろぼろの心で転勤した。

自分のための時間を持とうと心に決めた。
このまま年老いてしまいたくなかったから。

娘が子を宿し結婚・・・出産・・・離婚。
自立をめざして母子家庭がスタートし、子もすくすくと育った。

父が先立った。・・・自らの命を絶って。
83歳の母が一人暮らしになった。
いつかはこんな日がくると感じながら、
ずっと先送りしてきた。

母は「人にしてやりたい」と、ない袖を振る。
毎週帰省。

毎月、給料の四分の一が母に関わって消えていく。

母は四ヶ月経ってもなお、愚痴をいう。
亡くなった父を悪くいう母に、毎回、口論となる。
母は私がすぐ怒るという。
心がすり減っていくような時間。

未体験ゾーンの中で、疲れが体にしみついた。
そんなとき、息子がもどってきた。病を抱えて。

いつまで体が動く?
職を失ったら、その先、どうする?
母が動けなくなったらどうする?
遠い明日ではない。

今日も、穏やかに帰ってくることができなかった。
もう帰りたくないと思う。
憂鬱な週末・・・。

高速の出口を出て、
そのまま家に帰るのが嫌になった。

私はその扉の前に立っていた。
私の周りはこんなに有為転変であったのに、
その扉の向こうは、何も変わっていなかった。

マエニハモドレナイ

サキニモススメナイ

ナンニモカワラナイ

扉の向こうは吹雪だった。
それだけは変わりがなかった。
凍り付いた扉を私は開けることができなかった。

自動ドアが閉まり、「圏外」になった。

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2007/08/29

遠ざかる風景

Img_0026
2007.6.3/長居植物園にて

フォークデュオ「紙ふうせん」の歌がふと浮かんできた


落ちてきたら

今度はもっと

高く 高く

うちあげようよ


娘と孫を後ろから眺めている私

いつか私は立ち止まり

娘達は遠ざかっていく

私はいつまでもそこに

立ち止まっている


この夏

父を亡くした

父はどんなふうに私の姿を見ているのだろうか

立ち止まってしまった父

遠ざかる風景

遠い憧憬


そして季節は冬へ


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2007/08/17

手紙

人恋しさに電話をしたけれどつながらなかった。
年賀状以外に便りを出すことなどほとんどないけれど
手紙を書くことにした。

伝えたかった言葉を書き連ねているうちに
夜が更けてしまい、日付さえ変わろうとしていた。
隠れていた感情が浮かび上がってきた。
そのいやらしさに辟易し、
言葉を連ねている自分も嫌になった。

どれほど人恋しかろうとも
どれほど眠れなかったとしても
夜が明けるまで時を費やしたとしても、

そんなことは相手には関係がない。

どんなに人恋しくとも
電話もメールも手紙も葉書も
しないのがよい。

言葉は相手に自分の思いとは違う感情を抱かせる。
自分の手から放たれた言葉たちが、
取り返しのつかない結末を生む。

何もしないのがよい。
黙っているのがよい。
石を投げなければ波紋は起こらない。

風が水面を撫でていくのを眺めているのがよい。


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2007/08/10

沈殿

池の底をかきまわすと、葉っぱや小枝やどろが舞い上がる。
古い記憶、忘れていた記憶・・・

私の生い立ちの中で誕生日会などというものは、私が覚えている限り、ない。ものごころつくまで・・・もういくら呼び起こそうとも再生できない昔・・・もしかすると家族が成長を祝ってくれた日があったのかもしれないけれど。

別に恨んでいるわけでもなく、友だちがうらやましかったわけでもない。その当時、山奥の町には誕生日パーティなんてものをする習慣はなかったように思う。誕生日にプレゼントなどということも一般的ではなかったのではなかろうか。

いずれにしても、わが家は貧しかった。

小学校の4年生ぐらいだったろうか。
どういったいきさつだったかは全く忘れたが、学校で誕生日に友だちを呼ぶという約束をした。なぜか、相手は「悪ガキ」とその「子分」だった。
私は、一年生から卒業するまで、学年50人の中で「級長さん」だった。「級長さん」は先生のおぼえめでたく、世間でも「優等生」と見られていた。でも、子どもの間では・・・特に男同士では・・・敬遠される存在だった。女の子にもてるわけでもなかった。よくマンガでも「鼻持ちならない」キャラとして描かれたりするが、はた目には私もそうだったのかもしれない。私は、母や周囲の期待に沿うことがよいことなのだという価値観にしばられていた。

私の中で、「悪ガキ」への憧れがあったのかもしれない。
「悪ガキ」は自分に敵意を持つ相手には、大人だろうと子どもだろうと「こわい」が、そうでないときは「いいやつ」だった。少なくとも私は彼の「やさしさ」を知っていた。
私と彼は上でもなく下でもなかった。ただ、接点がなかった。
なのに、どうして誘ったのか、今となっては全くわからない。

母にどう切り出したのかも覚えていないが、母は当時のわが家ではごちそうであった「カレー」をこしらえてくれた。
日曜日だった。
はじめて同じ村の同級生以外に友だちを自宅へ呼ぶということに朝からそわそわしていた。
約束の時刻が近づいた。
いちはやくその姿を見つけて家へ招き入れようと思って、村の集会所にあった火の見櫓に登ったりした。家に戻って時計を確かめ、また登る・・・何度かそれをくりかえした。
しかし、200m向こうの曲がり角に友だちの姿は現れなかった。
やがて、母が向かいの3つ年上の兄ちゃんを呼んできた。
「カレー食べてやって」と頼んでいる母の声が遠く聞こえていた。

週明けに登校したとき、「悪ガキ」からは何のコメントもなかった。
もしかして、私が言い間違ったのかと不安になるくらい、何にも言ってくれなかった。
私は、母に対する申し訳なさや、向かいの兄ちゃんに事の顛末を知られている恥ずかしさが入り交じって、恥ずかしい、悔しい思いにとらわれていた。

おそるおそる「悪ガキ」にどうして来てくれなかったのかということを尋ねた。
「悪ガキ」は全く悪びれずに言った。
「ああ、忘れとった。」
それだけだった。

自分が思う程、相手は思ってなんかいなかった。「悪ガキ」の記憶に、この「幻の誕生日会」はおそらく微塵も残っていないだろう。

遠い昔、母親がなんのきっかけだったか、このときの話・・・私が何度も火の見櫓に登っていたこと・・・を話題にしたことがあった。母は、胸がしめつけられる、切ない思い出だと言っていた。

以後、やはり誕生日を祝う習慣はわが家にはないままだった。
母親は私の誕生日を覚えていないようだ。
私も母親の誕生日を知らない。

とうに忘れ去ってた思い出だった。ふいに、しかもかなりの鮮やかさで浮かんできた。
静かに沈んで、どろをかぶるのを待つしかない。

マタ キカイガアレバ、
マタ キカイガアレバ・・・

ナニカアリマシタカ

(オシゴトダカラ ハナシモスル?)
(ヨウジガナケレバ ハナシタクハナイ?)

プライベートニ フミコムベカラズ

ジブンガオモウホド アイテハ オモッチャイナイ

キカイガアレバ キカイガアレバ・・・


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2007/08/06

悲しいのは

ぜひ!という言葉を受けて
あれやこれやと準備して
これもそれもと用意して

前日キャンセル

私は「仕方がないね」といいながら
何事もなかったように
広げた荷物や積み込んだ荷物を片づけていく

ハズカシイ クヤシイ

ケッコウ イッショウケンメイ カンガエタ
ケイカクリツアン ジカンモカクホ

ドウシテ社交辞令ト本音ガ見分ケラレナカッタ?

ハズカシイ クヤシイ

以前にも聞いたことのある台詞が
まるでデジャブのように耳にからみつく

「また機会があれば」

 機会ガアレバ・・・イイデスネ。(ソンナ機会ハ アリマセン)

自分が思っているほど 相手は思っちゃいない

予感はあったのに
人に喜んでもらおうと
けっこういっしょうけんめい
あれこれ考え準備していた
自分が悲しい


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2007/03/18

2007年の木霊たち

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さるすべりの木を使って

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かえでの木を使って

正月休みに久し振りの木彫をした。昨年、東急ハンズで仕入れてきた材料を使い、小刀一本で彫った。制作途中、ふとしたはずみに左の掌(親指の付け根付近)を切ってしまった。長さ2cmほどで、結構深かった。もしかすると縫った方がよかったかもしれない。2ヶ月以上たった今、傷跡はうっすらしたものの、淡い痛みがまだある。

昨年は、自分のための時間をどれだけもてただろうか。いつのまにか、また何かにしばられてしまっていることに気付く。どれだけ自分らしくいられただろうか。
どれだけ人の心を和ませることができただろうか。


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2007/01/07

迎春

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我が家から徒歩2分の観音さんに初詣し、
おみくじをひいたら凶だった。

また、あるサイトで運命表なるものを見たら、
人生の幸運の96%を体験済みで、
今よりあとは幸運に見放され、
ずーっと不調だとか。

ちなみに、人生のピークは15歳だったらしい。
そうだとしたら、私の人生の春はいつだったのだろうと
なんだか悲しい気分になった。
だが、運命は切り開くものと
気をとりなおしている。

写真の干支の置物は、
6年前から私が贔屓にしている店で買った張り子。
最近、人気が出て来たのか、
12月になってから店に行ってもないときがある。
10月から発売していると聞き、
最近は早めに買いもとめている。
田舎や親戚にも贈り、好評を得ている。
猫が蹴落とすことが多く、
とうとう昨年の戌は
頭の糊粉が欠け落ちた。

今年は猫の通り道を避けて飾っている。

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2006/12/17

指人形

頭は紙の張り子、マントは不織布(ウェットティッシュ)、手は麻のロープ。胴体はクラフト紙。2月の作品。
障害を持つ子とのコミュニケーションに使った。あんぱんマンが第1号。
そして、第2号が子ども本人をキャラにしたもの。

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そして、子どもが大好きだった「彼」。

Photo

これらの人形達は、今も「彼」のかわりをしているそうである。

勤務時間が過ぎて、誰もいない部屋で、子どもたちのための「工作」をしていて、その思い出がふいに胸の奥をついた。


「彼」から子どものために考えたアイデアを聞いたとき、ぜひ形にするようにと、無精な彼に「手作り」を勧めたことがあった。牛乳パックで作られたそれらが、窓際の棚の上にあった。
私はそれらを私の机の上に置いた。

次の日、私はそれらを机の下にしまいこんだ。


記憶は時とともに薄れゆくのだろうか。


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2006/12/03

惜別

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ついこの間・・・日々の多忙に追われて1ヶ月以上も経っていた・・・エレベーターまで送ってくれた。ドアが閉まる前、彼は私に何と言ってくれたか?思い出せない。あれが彼との最後になった。何度もあの場面が頭に浮かぶ。
今日、彼は彼岸へと旅立った。彼は私より一つ年下である。

2度目の入院に落ち込んでいた彼を元気づけた一通の手紙。私が大事にし、彼が大事にしてくれたダウン症の子どもからの手紙。今日、2通目の手紙を持って、その子が母親とやってきた。その子は彼に会えると思って、2通目の手紙を書いてきたという。

小学生が歌を歌う。100人を超す人が彼との最後の別れをする。私は、その列には加わらなかった。彼の声や足音がまだ耳に残っている。

帰りの電車で、ダウン症の子の母親が言った。
「この子まだよくわかっていないみたいです。」
私は、
「かえって救われる気もしますね。」
と言った。

そうして二人して泣いた。


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2006/11/19

遠い憧景

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室生寺にて 2002.11.16
退院してから愛車XTRAILであちこちにでかけた。この写真をとってからもう4年が経ってしまった。また行きたいと心がむずむずする。それとは反対に動けない自分がもどかしい。

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2006/05/20

テッセン(鉄線)

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とおりかかりの生垣に発見。つるがしっかりしているので鉄線というらしい。形から風車とも。いずれも和名。他になんていうのでしたっけ?

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5ヶ月ぶりの帰郷

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山よ 緑よ ふるさとよ

新緑のパワーを感じたふるさとの山でした。(5月4日)

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2006/02/06

雪の金剛山登山

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先日降った雨のためか、登山道入り口には雪はなかった。しかし、冷え込みは厳しく、途中から雪がちらつきはじめた。あと30分ぐらいで頂上というところでようやくアイゼンを装着。頂上には積雪もあり、おまけにふぶいていた。弁当を食べる手が冷たいを通り越して痛かった。

写真は寒さで凍った滝。

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2005/11/23

GOZOの追っかけ

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11月20日、思い立って、広島のフォルクローレグループGOZOのライブに行って来た。突然顔を出した私を暖かく迎えていただいた。

岡山の倉敷にある喫茶店の一周年記念ライブ。倉敷はメンバーのギタリストGATTさんの故郷。

アットホームな雰囲気の中、一時間のライブはあっという間に終わった。

PAを使わない生音は、フォルクローレにはぴったり。GOZOの良さがじかに伝わる雰囲気でよかった。

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2005/09/27

透明度高し

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カヌーを漕いでいると、いつの間にか現われたつがいの鴨。人馴れしており、岸で休憩している私たちのそばへやってきた。

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連れが「手から食べさせたい」というので、おやつのカリントウをやってみた。初めは警戒していた彼らも、少しずつ警戒心を解いてやるとご覧のとおり。いくらでも欲しがるので、とうとうバナナまで・・・。お腹をこわしていなければいいのだけれど・・・。(やっているのは連れ)

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今回は、タンデム(二人乗り)に挑戦。水量は前回よりも少なく、岩が出ているのと、岩の間の流れが速かったので、漕ぎあがれなかった。しかし、水はよく澄んでおり、気持ちよかった。(写真は同行した連れ二人)
10月の3連休が今年最後か?

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2005/08/28

好天に恵まれて

友人と3人で栄山寺下の瀞場で遊んだ。カナディアンカヌーとダッキ―の体験をしてもらった。
水量が豊富で、ちょっとした瀬を上ったり、下ったりする体験を楽しんだ。下っているのは友人である。

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さすがに上っていけないので、引っ張って上がった。コース取りを一応指示したが、水量が豊富だったので、問題なく下れた。何しろ、直前に小さな女の子を前に乗せたダッキ―が下ってきていたので、安心だった。

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初めてなのに、うまく下っていたのには驚き。カナディアンは初めてだったこともあって、このダッキ-の方が相当気に入った様子だった。
次は日高川か?

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2005/08/17

ハチ高原の木霊たち

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鉢伏山登山の途中、長さ1.5m直径20mmぐらいの枝(たぶん桜)をひろった。杖がわりに使った後、切り口の年輪がとても美しかったので短く切って持ち帰った。一体30分ほどでできあがる。数日かけて完成した。
一つ一つ表情が違うので、手に取って見てもらうのが一番だが、これらはすでに予約があり、私の手元には残らない。

いつもそうだが、作っているとき、すごく落ち着いた心の状態になる。癒されるというのだろうか。

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2005/07/17

カヌースクール

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同僚たちとカヌースクールに行った。場所は五条市滝町。
午前中静水で基本練習。午後は流れに出てストリームイン(本流に乗る)の練習。

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暑くて、のどがからから。昼食休憩になって、さあ、のどをうるおそう、おなかもすいた!と駐車場まで戻ってみたら、短パンの内ポケットに入れていた(カギかけにも通していた)車のキーが・・・ない!
沈脱練習のときに落ちたらしい。
同行の方の好意で携帯電話を借りてJAFを呼ぶことに・・・
40分待ったが、JAFはピッキングで30秒足らずであけてくれた。その技におどろくとともに、車上あらしのこわさを実感した。2~3分もあれば開錠し、走り去っていることだろう。
貴重品はドライバッグに入れて携帯すべきだとあらためて思った。

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残念なことに、水位が低く、瀬を下る練習は大事をとって中止。
行くまでにさんざんこわいだの、なんだのと言っていたこの二人。二度沈(ひっくりかえる)を経験してからは、闘争心に着火!瀬をのぼるのにチャレンジ。私たちが疲れ果ててみているのを尻目に、何度も果敢にトライ!
拍手ものであった。

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うまくいけば一番おもしろいダウンリバー体験と、一番つらいカヤックを担いで岩場をスタート地点まで歩くということが体験できなかったのは、よかったのか残念だったのか・・・
ともあれ、参加したみんなが楽しかったと言ってくれたのがうれしかった。
私は・・・やっぱり、カヤックは苦手。
帰りに御所市五百家(イウカ)にある「かもきみの湯」でさっぱりして帰宅。

上流のバンガローカルディアに日帰り入浴の設備ができていた。ここも一度使ってみたい。

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2005/06/28

太鼓の革は紙

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胴はゴミ入れ、手近にあったひもと、100円均一のたこ糸。そして、革は紙。
紙の縦目と横目を重ねて4枚貼り合せた。音が聞かせられないのが残念だが、それらしい音が出た。


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2005/06/19

金剛山登山

木洩れ陽のスポットライト
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「馬場谷の延命水」というのぼりのあるところから入っていった。今回はみんなが初めて行くルート。看板に「私有地 森林保護のため通行禁止」とあったが、次々に下りてくる人、登る人・・・。私たちも入っていった。
いきなり30度ほどはあろうかという傾斜。みな息を切らしつつ、ひたすら登る。私は今回、重いけどデジタル一眼を携行し、写真を撮りながら進んだので、すぐ列の最後尾になり、遅れをとった。
木洩れ陽のスポットに照らされた草花がなんとも美しかった。

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花の名は「オカタツナミソウ(丘立浪草)」?詳しくは・・・金剛山の花だよりをごらんください。

下山後、野いちごを発見し、みんなで食べたり、沢ガニが何かの幼虫をはさんで草むらにもぐるのを見たりした。

山に登る時、ただ登るのではなく、立ち止まり、立ち止まりして、草花や木や、自分たちが包まれている自然にふれながら登るのがいい。今回、撮影をしながら登ってみて強く感じた。


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2005/06/13

三田/永沢寺花しょうぶ園

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1975年開園の永沢寺花しょうぶ園。650種300万本という。各地の花しょうぶ園にはここから株分けされたものが多いらしい。まだ3分咲きだった。開花時期は6月上旬~7月上旬。すぐ近くに芝桜で有名な「三田花のじゅうたん」もある。カヌー、釣り、バーベキューが楽しめる千丈寺湖を横目に通って行く。
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永沢寺境内のハスの花。しょうぶ園のよりも美しかった。とのさまがえるがのぞいている。

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花しょうぶ園の水路にいた沢ガニ。おたまじゃくし、トンボ、かえる・・・いてあたりまえなのだが、思わずカメラを向けるのは、やはり、都会暮らしゆえか。「おたまじゃくしがめずらしいんかいな」とご年配の来園者につぶやかれてしまった。いいえ、私も田舎育ちですから。

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2005/06/10

紫陽花

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花に群がるアマチュアカメラマンたち。なんだか落ち着いて花のある風景にひたれない。はばかるようにシャッターを切る。

ある紫陽花の前に三脚をすえたキャリア豊富そうな中年紳士。ファインダーを何度か覗いていたので私は前を通るのをはばかって待っていた。すると・・・いきなりその紳士が紫陽花の葉っぱをブチッブチッとちぎり、そしてシャッターを切った。写真のために花に手を加えるというのは、写真家としては当たり前なのだろうか。

花は野にある方がいい。
花のある風景を求めて歩くのがいい。

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2005/06/05

今年初漕ぎ

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上から見るとエメラルド色のきれいな流れ。栄山寺下まで漕ぎあがってちょっと休憩。緑色のカヌーは同じように休憩していた方のもの。同じオールドタウン社のパスファインダ―。私のキャンパーより一回り小さい。

ここから上がったところに五条市営の駐車場(トイレ付)と国民宿舎緑水苑がある。いつものようにお昼ご飯をここでとり、帰りにはお風呂に入ろうと思っていたら・・・この4月に閉鎖したという張り紙。少なからずショックだった。緑水苑はモンベルのカヌースクールの拠点にもなっていた。 

仕方なく、1kmほど来た道を戻ってコンビニで弁当や飲み物を買った。

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同行した友人のパドリング練習。私はダッキ―で万が一に備える。ひっくり返ってもすぐ足がつく浅瀬がそばにある。また、ここはほとんど池といっていいほどの瀞場。

午後、ここより上流、緑水苑下(栄山寺下)から一つ上の瀬でエディーから本流に入る練習をした。
午後3時ごろ、そろそろ帰ろうと下りかけたところ、下流から風が・・・。まともに風にあおられ、直進できない状態になった。
オープンデッキのカヌーは、水面下に沈んでいる部分がなく、完全に水の上に浮いている。したがって、風が吹くとくるくると回ってしまう。10分で下れるところを倍はかかっただろうか。

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2005/06/02

癒し

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ミニばらよりさらにミニなのでミニミニばらと勝手に命名。すみれのようでもあり、こんなに小さいのに今、いっぱいつぼみをつけている。いつも田舎の母に送っている花がどれほどのものか、買ってみた。それが、植えかえしたらどんどん大きくなった。

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正式な名前は忘れた。

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2005/05/25

勝手な猫たち

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エアコンを使う時節になると、猫ベッド争奪戦はソファー争奪戦となる。対戦相手は3猫+管理人となり、たいてい管理人が勝利する。管理人が勝利した後、戦いは管理人の膝の上へと場所を移す。

ちなみに、ピンクのベッドは今週に入ってから空家となっている。だから、猫なんてきらい。勝手なもんや。毛は抜けるし!

初めてご覧になった方は、私が猫好きのように思われるかもしれませんが、そうではありません。詳しくは本家「トミーの部屋」の「別荘猫屋敷」をご覧下さい。

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2005/05/18

不仲な猫たち

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毎日こんなふうにしてベッド争奪戦はくりひろげられる。

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2005/05/15

猫ベッド

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こやつは、チャーコという。最近、子宮に膿が溜まる病気になり、腹切をした。生死をさまよったあげく、生還したが、何を勘違いしたか、自分が三匹の中で一番大事にされていると思い込んでしまった。いままで、ベッドに入れてもらえず、座布団の上で寝ていたのに、このありさま。しかも、他の猫(特に母猫ガ―ゴ)を寄せ付けない。

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母猫のために新しいベッドを買ってやった。そしたら、案の定、チャーコに占領され、母猫は入れてもらえない。母猫を排斥するたびに、私が加勢し、母猫ガーゴが入れるようにしてやった。
すると、とうとうこんなふうになってしまった。他にもベッドは二つ空いてるのに。戦闘は毎日繰り返されている。


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2005/05/08

ビー玉ラビリンス

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ある木工関係の雑誌にのっていたビー玉の迷路を作ってみた。
肢体不自由な子どもに使ってもらうためである。
果たして・・・。


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2005/05/05

第34回中之島まつりにて 

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知人が結成しているフォルクローレグループ”SIN MALVIVIR”の演奏風景。
舞台前の広場にはバザーのテントが並んでおり、いかにもまつりのステージという感じ。いつもと客層が違って、やりにくかったか?
ペルーもん中心の演奏は久々に聞いた生演奏ということもあり、よくまとまって素敵だった。
ファインダーを覗きながら、いつのまにか足でリズムをとっているのに気づいた。
会場が違えば踊りだす人もいただろう。


バラ園には美しい花々が咲きほこっていたけれど、暑くてカメラを向ける気にもなれず、早々に退散した。
ステージでは、きっと弦楽器のチューニングに困ったことであろう。

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2005/05/01

大和川上流へサイクリング

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大和川を上流に向けてサイクリングした。もちろん、GAAPに乗って。堤防の土手にアザミを見つけた。カメラのファインダーを覗いていると、がくのあたりがもぞもぞ動く。なんと、花むぐりが蜜を吸っていたのだった。

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石川との合流地点より上流にて

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堤防の紫のじゅうたんはこの花だった。

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2004/11/20

GAAP

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GaapStreetという。街乗りスポーツバイク。眺めていると乗ってみたくなる自転車。宿野輪天堂の岡田さんデザインによる。前3段、後ろ9段の変速ギヤ付き。今のところ最高時速27km。おまけ機能として折り畳める。車に積んで出かけていき、ちょいとサイクリング。岡山県の片上鉄道跡地にできた片鉄ロマン街道に行って見たいと思っている。

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2004/11/06

吹いてもらえない笛たち

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タイのkhaen(ケーン)という。日本の笙(しょう)のルーツ?ただし、これはいわゆる「みやげもん」。楽器としてどうかというと・・・わからない。
・・・外から見えない内側に調律に応じた二つの大きな空気の出口の間隔と管全体の長さの科学的な比率でリードが共振するという驚異的な構造になっています。管の横の指穴は共振させないようにあけたもので、ハモニカ類が鳴らす時に穴を開くの反対の作業をします。吹けば鳴ると思われる管楽器ですが、実は深い世界があるのです。・・・< 「民族楽器大博物館」若林忠宏/著(京都書院)より参照>

以前、職場の同僚がタイ旅行をした際、笛が好きな私のために買ってきてくれたおみやげ。ケーンを使った民族音楽を知らないし、演奏方法もわからず、もっぱら飾りとなっている。

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これもタイの楽器Vot(ヴォット)という。パンフルートの仲間で、あご(下唇の下)に丸い頭をあてがって、回しながら吹く。ロンダドールに近い感じがした。これもタイのおみやげだが、前述のケーンをくれた同僚とは別人が「民族楽器を買ってきて」という私のリクエストに応じて買ってきてくれた。やっぱりこれも「みやげもん」で、もっと大きなものがあるようだ。

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京都の地下街にあった東南アジアグッズの店(現在移転)の片隅で見つけた笛。歌口からすると、インドネシアのSuling(スリン)のようである。やはり、運指もわからないし、これを使った民族音楽を知らない。ゆえに、飾りとなっている。私のケーナの師匠によれば、楽器としてのスリンはもっと長く、材も音も違うようである。

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これも友人にもらったタイのおみやげ。人と違う趣味を持っていると、何かと得をする。彩色され、模様も書かれているが、歌口の形状はスリンと同じく、息の通り道を素朴な構造で作ってあるリコーダーの祖型といえる。(前出著書の受け売り)タイのKluiか?ま、いずれにせよ、みやげものなので、楽器としては・・・?

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2004/10/17

口琴

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上からアイヌの口琴ムックリ 新作鶴(丹頂鶴)のムックリ フィリピン(ルソン島)の口琴クビン
ビヨン ビヨン・・・と数十種類もの音の出し方がある。これらは皆、竹でできている。ルソン島のは30cmもある。

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この弁の振動を口腔に共鳴させる。

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クビン(クンビン)型の口琴は右端をはじいて弁を振動させる。

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クビンの右端。はじきやすいように先端を細く長くしてある。とても鳴らしやすい。また、音量もある。

口琴
ムックリ

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White Wings

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ひょんなことからご覧のような紙飛行機の世界を覗く事となった。航空力学にもとづいて設計された機体は、バルサ材の胴と紙の翼でできている。手投げもしくはゴムカタパルトで飛ばすが、驚くほどよく飛ぶ。わずかな翼の曲がり具合で墜落もするし、宙返りさえする。十数mは上昇し、うまく風に乗ると30秒は軽く滞空する。こうした性質からできるだけ周りに木々のない、半径50m以上の広場が必要となる。そんなところはそうそうないので、結果、木の枝に引っかかり、泣く泣く家路につくというわけである。ちなみに、一機300円程度。全国大会もあり、各地に同好会もある。やりだすとはまる。半日やると、夕方には足の筋肉疲労。

よく飛ぶ紙飛行機

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2004/09/19

能勢町宿野へ

自転車メーカークワハラのGAAPという小径自転車を設計デザインした岡田さんのお店「宿野輪天堂」を訪ねた。
渋滞もあって、2時間弱かかった。一庫ダムの北にある静かな田舎・・・私の田舎と変わらない山村地帯であった。
途中、土手を焼く煙?がたなびき、なんともいい景色だったので、車を止め、カメラを向けた。
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土手の彼岸花、遠くにかすむ山並み、たなびく煙・・・自分の中にある原風景と重なる。
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自転車の話からカヌー、仕事・・・と奥さんも含めて3人での歓談はいつのまにか2時間を越えていた。
帰り道は、一庫トンネルで大渋滞。トンネルをぬけると、夕日が傾いていた。ちょうど飛行機雲が描かれていた。
渋滞のおかげで撮れた写真である。
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本家「トミーの部屋」

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2004/09/18

久しぶりのカナディアン

※今回はカメラを忘れたので文章のみ

せっかくの3連休。
ほんとうは疲れが残っていたし、天気もよくないという予報だったので、行かないつもりで昨夜は何も準備しないで寝た。
朝、いつもの時刻に目覚めてみると、もうすっかり行く気になっていた。
朝食は車の中で食べながら、貸し艇庫へ。

台風対策ですべての艇にロープがかけられていた。見にも来ないで薄情だったな。
段取り良くルーフに積んで、出発。とってもいい天気。

西名阪香芝IC経由で五条市へ。快調にドライブ。途中、コンビニで飲料水購入。

栄山寺下の瀞場が今日の練習場所。
なんと、障害者カヌーの団体イベント開催中。
出艇場所にはずらりと色とりどりのカヌーが並び、堤防には車がずらり。

帰るわけにも行かず、カヌーが出払うまで待つ事にする。
折りたたみ自転車(ダホーン)を出し、橋を渡って国民宿舎緑水苑横の駐車場へ。
トイレをすませ、栄山寺下をのぞいてみると、エメラルドグリーンの水。透明度もまあまああり、上から見る限りきれいな水である。(水面に浮かんでみると反射でまた違う色に見える。)

障害者カヌーの団体は、家族やボランティア、スタッフなど総勢20人はいただろうか。車椅子利用者もいる。
遠慮してたらずっと出艇できそうにないので降りる事にする。

カナディアンカヌーはさかさにして担ぐと意外なほど安定している。二人で下げて行くより楽なのである。とはいえ、長いスロープを下るのは少し疲れる。

タプタプと底に波音を聞きながら滑り出す。この瞬間が好きだ。
最近ダブルブレードの練習ばかりしていたが、やっぱりシングルブレードの方がしっくりくる。
橋の下を過ぎ、緑水苑下まできたとき、雨が・・・

どうせ濡れるから雨なんて平気なのだが、雨足は強くなるばかり、まさに土砂ぶり。
避難する場所もないので元の場所へ戻る。

水面に雨がはね、水の流れがきれいに浮かび上がる。これはこれでおもしろい。
とはいえ、デッキにどんどん水が溜まっていくので上陸する。

※疲れてキーボードを打ちながら居眠りしてしまったので今日はここまで

(つづく)

本家「トミーの部屋」

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2004/08/26

奈良吉野川を下った

加茂の友人とともに、ダッキーで奈良吉野川を下った。10時集合で、国民宿舎五条緑水苑横の駐車場に彼の車を置き、モンベルのスタッフから情報をもらって上流へ。

柳瀬橋北側の吉野ボウリング場下の広場(私有地)で車を停め、ダッキーに空気を入れる。曇っていた空がこの時点で晴れ、すでに汗だくに。11時出発。
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水は前回の木津川と比べたらはるかにきれい。水量はやや少ない。そのため、あちこちで岩が顔を出している。スタート直後、川底の岩にひっかかって止まってしまった。(スタート地点から下流を望む)

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最初の瀬。(上流を望む)段差があったので、馴れない私はとても緊張した。

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今日はちゃんとヘルメットもかぶっている。やはり、瀞場(とろば)でしかカメラを向ける余裕がない。

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カルディアキャンプ場を過ぎ、阿田橋下の瀬。(上流を望む)ここまでにすでに腕の筋肉疲労がきていた。

橋の手前の岩場に数人の若者がいて、飛び込んで遊んでいた。ふざけた口調で声をかけてくる。酔っ払ってるのか?流れこそないが、万一のことは一切考えていない。キャンプ場では大人がちゃんと子どもにライフジャケットをつけさせて水遊びをしていた。これなら万一のときも沈まない。こんなことはカヌーをはじめてから考えるようになった。

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芝崎の瀬の入口。(公園駐車場より上流を望む)昨年、カナディアンで楽々クリアした。
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同じく、上流を望む。今年、カヌースクールでカヤックに乗って挑戦するも右に左にコースをそれ、一度も思うようなコース取りができずにめげてしまった。ダッキーでは、・・・なんということもなかった。消波ブロックに当たらないように瀬を下りる。
ほっとしていると、モンベルのダッキーツアーに遭遇。ここから下るらしい。インストラクターの一人が、私のカナディアンカヌーの先生だった。タンデムでいきなりこの瀬を下るとは・・・。

今度はクランクになった3段の瀬。(同公園より下流を望む)
去年、ここで沈した。今年、カヤックでは合格点がもらえず、下らせてもらえなかった。彼は下見もしないで下りて行く。私は・・・去年のことが頭に浮かんで、心臓がバクバクしていた。案の定、去年と同じように左のエディーへ回ってしまった。
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でも、さすがダッキー、そのあとすぐに体勢をたてなおして下れた。いちおう、去年のリベンジなる。

下は、この瀬の出口。ここでホワイトウォーターカヤックがよく遊んでいる。カナディアンでスラロームの練習をしていることもある。ここが大会の会場として使われることもあるとか。

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このあと、川は大きく右に左に蛇行する。竹が折れて張り出していて当たりそうになったり、ザラ瀬で底がつかえて動けなくなったり・・・。彼も二度ほど岩に乗り上げていた。もうここまでくると、開き直って瀬をクリアしていった。
「けっこうまっすぐに波に乗れていた」と彼は評価してくれたが、イメージしたコース取りと違う乗り方をしたり、ごりごり岩をこすりながらであったり・・・おそらくカヤックなら四回ぐらい沈していただろう。なりゆきまかせ、出たとこ勝負的クリアで下る。(一応流れや岩を読んではいたが・・・)

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コース中一番危なかった所。(写真は昨年のもの)瀬の後直角に岩壁に当たる。しっかり右を漕がないと壁にはりつく。この日は水量が少なかったのでクリア。彼は以前ここで沈したらしい。

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1時15分、栄山寺下に到着。所用時間は2時間強。途中、もっと休み休みして写真を撮ったり、ラインを読むなどして行けば良かったかも・・・。

その後、ダッキーを駐車場まで担ぎあげたが、この方が疲れた。
車を回収し、緑水苑で昼食をとり、風呂に入って帰路についた。筋肉疲労もあったが、この日、日焼け止めクリームを塗り忘れていたので、日焼けのほてりの方がつらかった。

帰路、睡魔にも襲われず、いつものとおり柿の葉寿司を買って帰った。

本家「トミーの部屋」

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2004/08/15

小黒三郎氏の組み木

この春、京都の河原町から商店街を歩いていて、偶然にも小黒三郎氏の作品が売ってある店を見つけた。
小黒氏の組み木はそのデザインが素敵で、15年ほど前に本「小黒三郎の組み木」を買って型紙をコピーし、いくつか作ったことがある。
そのときの作品の一つが未完成のまま眠っていたことを思い出し、今年は完成させようと思っていた。
今回、外枠を作って、写真立てのように立てられるようにしてみた。15年ぶりの完成である。

小黒氏デザインのこの組み木は「マリンスター」という名前がついている。

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取り外し可能な脚で立てて飾ることができる。焼印に見えるのは半田ごてで書いたもの。

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脚を取り外せば机の上に置いて組み木パズルを楽しめる。

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立てたままでも楽しめる。
タコ、サメ、イルカ、アンコウ、フグ、アシカ、?
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おこんさまと木霊たち(台付き)

木霊たちが増えたので、台を作ってみた。
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ひな段にして、すべて見えるようにしたところ。

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柱を取って低くしたところ。

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すべて取り外し可能で収納に楽である。

問題は、飾る場所がないこと。

本家「トミーの部屋」

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2004/08/13

お盆の帰省

ふるさとは 遠くにありて 思うもの・・・
家族で帰らなくなってから、帰省するのがおっくうになっている。

母はここ数年膝関節が痛んで寝込むこともある。一昨年買って帰った杖が役に立ったといっては泣く。
家の改築番組に応募してみようかと本気で思うこともある。

今年は村で四軒も初盆を迎えるそうだ。
耳も遠くなり、こちらの声が届かない。聞くばっかりの会話が悲しい。

物や金を贈っても、母の心の安らぎにはならない。一泊だけして逃げるように帰ってきた。

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実家の裏庭を望む。母はやたら扇風機をかけてくれるのだが、大阪の熱射地獄からすればまさに天国。

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つりしのぶ。思えば、風鈴の音を聞くのも久しぶりである。

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トミーの肖像画。肖像画になった犬もめずらしいだろう。トミー日記(本家トミーの部屋)参照。

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トミー日記に出てくる「山の神」が残っていた。今は「木霊」といっているが、15年ほど前に初めて作ったときには、母が「山の神」と名づけていた。3~4体作ったが、次の帰省の時にはもう残っていなかった。誉めてくれる人に次々に進呈してしまっていたのである。(左は私の作品ではなく、母がレイアウトした)

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上の山の神と同時期に作ったものだと記憶している。
いつもけんかばかりしている父と母の間にトミーがいてくれた。
トミーは父母が口ゲンかを始めると、身体を縮めるようにして裏庭の隅っこに行ったり、トイレに隠れたりした。トミーがいなくなったのに気づいてケンカが中座するのであった。

ぐちばっかりいってないで、にこにこしていてほしい、そんな思いで作った。

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木霊たちはすっかり母に気に入られ、床の間に飾られた。手にとってながめてほしいと言ったのだが・・・。これは絶対に宝物として大事にすると母は言ってくれたが・・・。

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トミーのお墓もずいぶんかさが低くなった。秋には萩の花に囲まれる。
墓の片隅に花が咲いていた。母は幸せの花と名付けており、「トミーがお盆に幸せの花を咲かせた」と言っていた。

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2004/08/10

ダッキーで木津川を下った

ダッキー(インフレータブルカヤック)はカヤックよりは安定しており、めったにひっくりかえらないと言われている。
私の腕前では躊躇する2級の瀬でも、これだと楽に下れるそうだ。
進水式をかねて、加茂に住んでいる友人にサポートしてもらい、笠置~加茂を約1時間10分で下った。(8月9日進水、10日川下り)

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進水直後。大阪から車でやってきて、少しお疲れ気味。

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友人は釧路川を下った経験を持つ。パドルさばきを見せてくれているところ。

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今回は進水式より後だったが、それでも川下り前にお守りとして熊の朝吉と犬のチクワに乗ってもらった。(本家「トミーの部屋」カナディアンカヌーのページ参照)
友人「まさか乗せて下るんやないやろな」
私 「もちろん、そんなことせえへんよ」
朝吉とチクワ「・・・・・・」

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途中の川原で休憩。山の向こうから朝日が昇る。
これまで、川下りといえば暑い日中、日焼け止めクリームをぬりたくってやっていた。それを思うと、なんとすがすがしい気分で下れることか。

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ダッキーのロゴ「トムキャット」までは許せるが、戦闘機の絵には正直げんなりした。いかにも安っぽい。第一、戦闘機は嫌いだ。
友人は同色のシートを貼れば良いという。おまけに、船の名前をつけたほうがいいと・・・。

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ダッキーは漕いでいないと簡単に向きが変わってしまう。そのために写真を撮るひまがほとんどなかった。前方は友人。

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ゴール直後の友人。たそがれのしぶい中年、に見える。実際には4時起きして朝5時半にスタートした。ゴールは6時40分。人も少なく、何しろ暑くない。朝もやの中を下るのがいいと彼はいう。

加茂駅すぐそばの彼の自宅は、朝夕たいへん過ごしやすい。自然の風が入り、エアコンいらず。高層マンションながら虫の音が聞こえ、気持ちよく眠れた。川にも近いし、絶好の場所である。

本家「トミーの部屋」

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2004/08/08

きょうだいたち

すごく作りたくなって、公園まで小枝をさがしに出かけた。予想以上の収穫で、おそらく何十体もの木霊たちが作れるだろう。公園は宝庫である。
急に作りたくなるのはいつものことであるが、ここしばらく、続いている。彫っているとき、頭にいろんなことが去来するが、とてもリラックスしている。
だいたい、一作品30分ぐらいでできあがる。ここの3作品はほぼ一日のうちに作ってしまった。
木を削っている時間がとても好きだ。

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クスノキの木霊のきょうだいたちを作った。台を作って、組み合わせると一つの作品になるようにしてみた。
田舎の母に贈ろうと思うが、母はうれしがるものの、ほめられたりほしがられるとすぐ他人にやってしまう。
そこで、この方法を思いついたのだが、4つとも他人に進呈してしまうかもしれない。

本家「トミーの部屋」
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それぞれ台から簡単に取り外せるし、回転も可能なので、一つずつ飾ってもよいし、組み合わせ自由に楽しめる。もちろん4つ組み合わせて、見る位置によって、また気分によっていろいろな向きに変えて楽しむこともできる。自分の中ではアイデアがうまく形にあらわせた作品である。

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これは一番最後に作ったもの。光のあたり具合では、笑った顔が寂しい顔にも怒った顔にも見えてしまうので、「笑顔」を強く意識した。そのため口元が不自然になったと反省している。

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これは、二番目の作品。鼻のイメージがまず浮かんで、そこから作り上げた。斜め上正面から見ると少し寂しい顔に見える。

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これは、三番目の作品。下から見ると笑った顔であるが、立ててみると、寂しい顔になってしまった。手にとって眺めて欲しい作品である。

これらはすべて、公園に放置されていた一本のクスノキの枝から作った。おそらく、剪定されたものの残りであろう。彫刻している間、部屋には樟脳の香りが漂っていた。

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2004/08/05

クスノキの木霊

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公園で拾ったクスノキの枝から作った。これまでと違って太いので目の表情など彫りやすかった。表皮が乾燥してぽろぽろと剥がれるので、サンドペーパーで少し磨き、椿油をぬってみた。いろいろな角度から見て欲しいのだが、写真に撮るのは案外難しい。手にとって眺めるのが一番いいと思う。高さ18cm、直径4.5cm
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2004/07/30

石の顔

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木の昆虫たちよりもさらに5年ほど前か・・・よく子ども達を大和川に連れて行った。大和川では、土手すべりをしたり、よもぎを摘んで帰ってよもぎだんごを作ったりした。
今は護岸工事をして川原に降りられる所が減ったが、当時、川原に降りて石拾いをした。全国ワースト1、2を争う大和川。しっかり洗わないと臭くて使えなかった。
石の表面に水性ペイントを使って絵をかいた。まだトミーが若かった頃だ。「さみしがりやのトミー」と石の裏に書いていた。子ども達の笑い声が聞こえてくる。懐かしい思い出たちである。

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2004/07/29

杉の泊の木霊

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杉の泊 夢の塾で一泊した朝、ムンクと一緒に運動場を散歩しながら拾った桜の小枝で作ってみた。下書きもしないで彫っていくので、どれ一つとして同じ顔にならないのがおもしろい。夢の塾でも一つ作ってきたけど、どんな顔だったかなぁ。やりだすと出来上がるまでとまらない。
どこかへ出かけた時、それが自然の中だったら、小枝、小石、木の実を拾ってくる。細工用の小刀なども持ち歩いている。
高さ2~3cm、直径1cm程度。


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2004/07/22

夢求現知窯

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夢の塾にあった手作りの窯。これでピザやパンを焼くそうな。おいしかろうなぁ。今度はついでに寄らずにちゃんとお泊まりしたい。太田川の上流は川下りができそうなところもあったし。


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2004/07/21

ムンク

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ボール遊びが大好きなムンク。運動場を駆け回って上手にくわえて帰ってくる。何度も何度も。
帰り際にさみしそうな顔を見せてくれたのがうれしかった!久しぶりの犬とのふれあいで、心和んだ。また会いたいなぁ・・・。

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モネに認知された!?

広島駅から車で1時間半。山県郡加計町に廃校を利用した民宿「夢の塾」がある。ここは、三木山フォルクローレ音楽祭がきっかけでネットつながりができたZIGさんMINTさんたちが経営している。彼らの所属するグルーポ「GOZO」の拠点ともなっている。

広島への出張があったので連絡したら、同じメンバーのTIOさんご夫婦といっしょに駅まで迎えにきてくださった。1日で1時間半の道のりを車で2往復、次の日も広島駅まで送っていただいたので計3往復もしていただいた。夜はお仲間が仕事を終えて集まってくださり、本当に楽しい1日を過ごさせてもらった。感謝!感謝!

この日、関東では最高気温39度を越す記録が出た。大阪でも、すでに夜はタオルケットかせいぜい肌ぶとんだが、夢の塾ではしっかり綿の入ったふとんで寝た。朝方は寒いくらいだった。

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さて、猫のモネさんは、警戒心が強いので、客の前にはなかなか現れないとか。でも、ムンクが「友だち」と認知してくれたおかげか、夜寝る前に会えた。

これは、翌日、ご主人様たちと共に朝食をとっているときのもの。ほんとうは両手万歳で寝ていたのだが、カメラを向けたら気づいたらしく、カメラ目線になってしまった。
自然の中で自由に暮らせて幸せそうだった!

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