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2009年7月

2009/07/20

MIYOの電話で自転車を走らせた
へこんだステンレスの郵便受け
植木鉢の土が散乱していた
二階のベランダからHANAの声がした

MIYOの彼の仕業らしい
彼の母親に電話させ
現場は携帯で写真におさめた

夜中のできごとという
彼の母は
「怒らせると何をするかわからんからね」
と言っていたという

郵便受けはハンマーで叩いて使えるようにした
植木鉢の土もはきとった
汗をかきかき作業している横で
HANAはレジャーシートをひろげて
工具セットの中身を並べて
ときどき
「HANAもやる」
とハンマーを持ち上げたりしていた

ドアをけったりするようすに
HANAは恐怖を感じて
二階に逃げていたらしい

MIYOにはHANAの父親のトラウマがある
守ってくれと頼んだのに
彼はMIYOを脅かした
彼には連絡がつかないと彼の母が言ったらしい
しばらく現れないでほしいと願う

郵便受けは完全には元通りにならなかった
MIYOとHANAの心の傷がどうか
心配である

MIYOのお腹には
7ヶ月になる命が宿っている

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2009/07/13

不安

何度も何度もカレンダーを見て
そうして
通院の日だけ帰ってきてくれたらいいという
母の中で私の存在が
爆発したときに発する言葉とおりになってきているのを感じる

金を出してもらっているから
どんなにえらそうに言われても
胸を痛めるような言動をとられても
辛抱しなければならない
気を遣わねばならない
そんなことなら
一人でやっていく
やっていける
金だってある

三ヶ月の生活の結果・・・
ストレスをためこんで
心身ともに疲れて
これがその結果

早朝からの帰省は
夜よりは気分が軽い
しかし
先を考えると・・・

自分が元の暮らしに戻れるのか
仕事をしながら
母のことも考え
体を休めるべき週末に
帰省するというような生活が
続けられるのだろうか

自信は全くない
心ははっきりそれを拒否している
それでも
逃げられない

漠然とした不安が
日々つのってくる


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2009/07/06

記憶

人生を旅にたとえる人がある
私はテレビでよく見るような
観光の旅をしたことがない
憧れの冒険の旅もない
だがたとえの意味はわかる

先を考えずに(考えられずに)
毎日を忙しく送ったことがある
悔しいこともうれしいことも
いつかわからない自分の
将来につながっているのだと
なぐさめいましめ暮らしたこともある

「この先」に漠然とした不安を抱いて
ともかくも今日を無事に過ごすことを考え
日々重ねていると
これまでのことが走馬灯のように
フラッシュのように頭にめぐる

一体これまではなんだったのだろうか
そんな焦燥感にも似た
そして絶望感にも似た
思いがふくらむ

車を走らせながら
隣の席にHANAの記憶をたぐる
土曜日お泊りして
日曜日はMIYOの彼が来るからと
急いで帰った

でも、なぜか昼過ぎに
MIYOと一緒にやってきて
夕方まで近所のお姉ちゃんたちと遊んだ
MIYOが帰るというのに
一人で歩いて帰るからといって
遊び続けた
夕方、雨が降ってきて
HANAはようやく帰ってきた

車で送って行き
結局外食した
昼寝もしていなかったからか
テンションは異常に高く
私にいたずらをしまくった

楽しいひとときが過ぎ
案の定
もうすぐ家だという所で
口をあけたまま寝入ってしまった

抱っこしておろすとき
目覚めたようだったが
HANAはたぬきのまま
家のソファにおろしてやると
目が笑っていた

隣の席にそんなHANAの記憶が残っている

二時間の旅をして
また忘れ去りたい幼い日の思い出が残る
傾きかけた家に戻る

HANAは元気に登園しただろうか
明日からプール遊びが始まるらしい


MIYOたちを連れて
毎年のように行った
琵琶湖のキャンプが思い出された
いつも帰り道の切ない思いが浮かんでくる
あのころは
子供たちを喜ばせてやることが
私の喜びだった


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2009/07/04

限界

そんなに嫌なら大阪に帰ったらよい
買い物もしていらん
お金は返す

お前はおこってばかりや
えらそうにものをいう
お金を出しているからやろう

機嫌が悪いのは
お金に困っているからやろう
仕事が大変やからやろう

何度となく繰り返された言葉
胸をえぐりつきささる
血が逆流するような感覚

そしてこの日は
同じフレーズに加えて
ご飯を食べずに風呂も入らずに寝るという
私にはなぜ母がこういうのか
さっぱりわからなかった

帰ってきてからのやりとりを母が言うが
私は機嫌が悪くもなく
えらそうにしたり言ったりした覚えは全くなかった

原因の一つはやはり聞こえていないことにあった
そして
やはり母の本音にあった

三ヶ月の暮らしを共にしてきて
お金を使わせてすまないという言葉や
「お前がおったればこそや」
という言葉とはうらはらに
一人で自分のことぐらいやれる
通院の日だけ来てくれたらよい
買い物なんかしてもらわなくても
自分の年金でやっていける

だから金を出しているからといって
えらそうに言われるくらいなら
金は返す
出してもらわなくて良い
食事の支度はしてもらわなくてよい
嫌なら大阪に帰れ
なのである

通帳残高が十数万円
これで十分やれるという
しかし
これまでに私が振込みをしてこなければ
残高はマイナス十万円を上回る

この日も買い物から帰ってくると
薄暗い部屋で椅子にこしかけ
呆然としていた

午前中、腕や足が腫れるからと
やめるように言っても畑の草引きを続け
案の定午後は「ガス欠」状態になっていた

何度言っても草引きー手足の腫れを繰り返し
そして午後は機嫌も悪くなる
理解していたはずの金のことを
繰り返し言う

この日もやはりそうだった

そして私が母の言い分に対して答えると
全て言い返したことになり
机をたたいて声をはりあげる
そして「もうよい!」
と言って向こうへ行ってしまう
私は食卓に取り残される

しばらくして戻ってきた母は
「私が悪かった。これでええんやろ」
「お前はみんなからええ子やゆうてもろて・・・私はあほやさかいにな!」
ととりつくしまもない
結局また興奮して席を立つ

もう限界!

結局和解もないまま
私が食事をしたら帰るというと
今度は
「こんなむちゃくちゃしといて帰って何ともないのか」
「心配にもならんのか」
などと悪態をついてくる
いつもの週末帰宅だといっても
いつもはそうではないと言って聞かない
嫌だから帰るのだろうというのである

実際、翌日の土曜日、昼食後に帰宅予定ではあった
しかし
限界だった

大阪に着いて到着の電話をすると
ようあやまらんけど自分は手足が腫れたりしていらいらしていた
とこの前と同じことを言う
しかし今日のことは同じ主張の繰り返しであった
私も同じ主張を繰り返した
電話がガチャンと切られた
興奮したときの
いつもの身勝手な態度だ
母の中では
あんな子ではなかったのに
という思いがうずまき
私がいやいや世話に帰っていると思い込んでいる

ぬぐえない
耐え難い
精神的にもたない

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